迷宮金魚

□ 破婚の条件 溺愛の理由 番外編 □

破婚の条件 溺愛の理由 9

 
 再び船に乗って、宿に帰り着いたのは夕食の時間ぎりぎりだった。部屋まで運んでもらった夕食を終えた後、ゆっくりと寝る支度をする。

 一日外にいたから少し日に焼けてしまったようで鼻の頭がひりひりする。そこに念入りに化粧水をたたき込んでいると、こちらも寝支度を終えたルシアーノが背後に立つ気配がした。

 鏡越しに彼の方を見上げて、ティアはにこりとする。まだ少し濡れている髪が額にかかっているのが、とてつもなく色っぽいと思うけれど、本人に言うのはやめておこう。

「どうした?」
「いえ、今日はとても楽しかった――ですね」

 首の後ろで緩く結っていた髪を解いて、ティアは立ち上がった。女性にしては背の高い方なのだが、彼もかなりの長身だ。立ち上がったところで、彼を見上げる形になるのは変わらなかった。

「連れてきてくださって、ありがとうございました。ドラゴンが住んでいたところを見ることができるなんて想像もしていなかったので」
「ガイドブックを買わせなくて正解だった」
「……やっぱり、そういうことだったんですね」

 二人とも初めての場所なら、ガイドブックを買った方がいろいろ見て回れるのだろうが、今日の様子からすると彼は以前にもこの地を訪れているようだ。島に何があるのかも完全にわかっているのなら、わざわざガイドブックを買う必要もないだろう。

「ティアの驚く顔を見たかったんだ」

 そう口にする彼の表情は照れくさそうで――自分を驚かせようとしてくれたのなら、それもまた嬉しいと思う。

「いろいろとびっくりしました。またいつか、連れてきてくださいますか?」
「ティアが望むのならいつだって」

 どうやって、この想いを伝えたらいいのだろう――ティアはその術を知らない。とても幸せだと思うし、それを伝えたいと思うし、できれば、彼にもティアと一緒にいて幸せだと思ってほしいと思う。

 一歩前に出ると、ティアは彼の身体に腕を巻き付けた。ティアの方から積極的に彼に触れるということはあまりないから、驚いたような声が笛から振ってくる。

 彼の胸に頭を押しつけると、ルシアーノの鼓動を直接感じることができた。こうやって振られ合うことがどれだけ幸せなのか――直接彼に伝えたことがあっただろうか。

「ルシアーノ様は楽しかったですか? 私は、とても――幸せ、です」

 彼の身体にぴたりと密着したまま、顔を上げれば、数度瞬きをした彼の顔に笑みが浮かぶ。背中に流れ落ちるティアの金髪をゆっくりと撫でながら、彼は耳に唇を寄せてきた。

「そうだな、とても楽しかった。夏が終わったら領地の方に顔を出すつもりだから、あちらでもあちこち見て回ろう」
「はい!」

 ティアの身体をあっさりと抱え上げ、ルシアーノはベッドへと運ぶ。清潔なシーツの上に横たえられて、心臓がどきどきと音を立て始めた。

 今は寝間着を着ているけれど、海軍省に向かう時軍服を着ている姿もとても素敵だ。

(……あ、そう言えば)

 彼はいつまで軍属でいるつもりなのだろう。不意に昼間の疑問が頭によみがえる。

「ルシアーノ様。一つ聞いてもかまいませんか?」
「どうした?」

 残念ながら、というべきかこの部屋のベッドは屋敷のベッドより少々狭い。だが、それは裏を返せばティアの方から身を寄せてもさほど恥ずかしくはないという利点もあった。いつになくべったりと彼にくっついて、彼の体温に思う存分包まれる。

「ルシアーノ様は、いつまで海軍にお勤めの予定ですか?」

 ティアの質問に、ルシアーノはきょとんとした顔になる。それを見ると、どうやら彼の方も軍隊を去るという選択肢はなかったようだ。

「今のところは、その選択肢はないな。俺に辞めてほしい理由でもあるのか?」
「いえ、そうではないのです。あまり長くお勤めになる方は多くないと聞いているので、その……少し気になったというか。」
「そういうことか。今のところ、その予定はない――アゼムール伯爵の下でまだまだやりたいこともあるし」
「変なことを聞いてしまって……ごめんなさい。少し、気になっただけなんです」
「いや、俺もきちんと考えたことはなかったような気がするな。ティアに聞かれるまで、俺も気づいていなかったが、自然とアゼムール伯爵の後を追っていたのかもしれないな」

 伯爵夫妻はルシアーノにとってもティアにとっても大切な存在だ。ルシアーノが伯爵の後を追っているというのもわかるような気がする。自分も、伯爵夫人であるモニカを見習わねばならないと思うことがしばしばあるからだ。

「帰ったら伯爵夫妻をお招きしようか。君も伯爵夫人にしばらく会ってなかっただろう? それから――」

 同居することになっているルシアーノの従姉妹も、そろそろこちらに戻って来る頃合いだ。

 休暇を終えて屋敷に戻ったら――きっとまた新たな楽しみが増えるだろう。

2017年7月1日発売
パーフェクト愛され人生確定…ですか? 転生したらメロ甘陛下のおさな妻(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    破婚の条件 溺愛の理由 8 
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Date:2015/08/06
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