迷宮金魚

□ 蜜恋エンゲージ 一途な公爵の甘い誘惑 番外編 □

蜜恋エンゲージ 一途な公爵の甘い誘惑 番外編1

 
 別荘での生活にもだいぶ慣れてきた。ここにはイリーナとマティアスの他には、ごく限られた人数の使用人しかいない。きっと今頃都ではいろいろな噂話が飛び交っているだろうけれど、それがここまで届くことはなかった。

 論文を書き上げてしまったマティアスは、以前よりイリーナにべったりだ。イリーナが見えなくなることを恐れているかのように、どこにでも一緒についてくる。

 夜は夜で、毎晩のようにイリーナの寝室にやってくる。彼と初めて結ばれてからまださほど長い時間はたっていないというのに、完全になじんでしまっているのが少し怖い。

 昨日は天気がよかったから、二人で遠乗りに出かけた。料理人に作ってもらったお弁当を外で食べるのは気持ちよかったし、身体を動かした後、戻ってきてから甘いものをつまむのも、よりおいしく感じられて楽しい一日だった。

 昨日はそうして過ごしたけれど、今日は出かけることなく、二人は居間にいた。

 今日も天気がよかったら遠乗りに出かけようと思っていたのだが、今日はあいにく雨だったのだ。しとしとと降る雨の音が、窓の向こうから静かに聞こえてくる。

「……マティアス、動かないで?」

 出かけられないなら家の中でできることをしようと、家政婦から巻き尺を借りて、採寸をしているイリーナを、マティアスは真剣な顔をして見つめている。傍らのテーブルには、彼の読みかけている本が置かれていた。

「動いてないよ?」
「嘘つき……待って、ダメ!」

 腕を横に伸ばしてもらって、腕の長さを計っていたはずなのにいつの間にか彼の手が腰にかかっている。勢い任せに引き寄せられて、巻き尺を取り落としそうになった。

「ごめん。イリーナが近くにいると思うと、もっと側に近づきたくなるんだ」
「んーっ!」

 彼の腕の中に抱え込まれたかと思ったら、顎に手がかかる。キスされる予感に、巻き尺をぎゅっと握りしめた。軽く音を立ててキスされて、離れるついでのように唇をぺろりと舐められる。

 そのとたん、腰のあたりに甘い疼きが走ったけれど、それには気づかなかったふりをした。

「採寸させてくれないなら、デザインも決められないし、デザインが決まらないなら編み図も作れないわ。編み図を作れなかったら――」

 イリーナが唇を尖らせると、彼の視線がそこに集中する。気まずくなって、イリーナの方から視線をそらした。

「わかった。それなら、採寸が終わるまで我慢する」

 採寸なんてさほど時間のかかることではないのに、何を我慢するというのだろう。気を取り直して、イリーナは再び手を動かし始めた。

 テーブルの上に置いてあった紙に、採寸の終わった場所から書き込んでいく。

(あまり、派手にならない方がよさそう)

 そうしながらも、頭の中では早くも次の作業にかかっていた。先日買ってきた毛糸は、とても不思議な色合いで、上質のふわふわしたものだった。

 彼の髪の色にとても映えるだろうし、どんなデザインにしようか考えているだけでわくわくしてくる。

 採寸を終えたイリーナは、あらかじめ運び込んでおいた雑誌を手元に引き寄せた。いろいろなデザインが、美しく着色されて掲載されている。昨年の雑誌だが、そのまま作るわけではないからかまわなかった。

 過去、家族に編んだ時のデザインを思い返し、手元に置いた雑誌をめくる。隣に座ったマティアスも、イリーナにぴたりとくっつくようにして雑誌を覗き込んでいた。

「まだ?」
「まだよ、どんなのがいいかしら。マティアスは、どんなセーターが好き――あっ」

 どうせなら彼の意見も聞こうと思ったのに、彼はイリーナが膝の上に置いていた雑誌をひょいとテーブルに置くなり、かわりに自分の頭を載せてきた。

「な、何をしているの?」
「こうしていると、すごく幸せだと思って」
「し……幸せって……」

 彼はイリーナの膝に頭を載せているから、自然、イリーナが彼を見下ろす形になる。まったく悪びれていない蕩けそうな笑顔を向けられて、イリーナは思わず視線を泳がせてしまった。

(……こういうのってずるいと思うの)

 何がずるいと問われれば、返事に困ってしまうけれど、マティアスにかなうはずなどないのだからしかたない。

「イリーナは、違う? 幸せじゃない?」
「……幸せ」

 自分の口からはっきりそう言うのはちょっと恥ずかしい。一瞬にして頬が熱くなって、胸がどきどきとしてくる。

「マティアス……? あの、何をしているの?」

 ごまかすように取り上げられた雑誌に手を伸ばすけれど、マティアスはイリーナの手を掴んで、そっと指を這わせ始めた。手のひらを爪の先でくすぐられたら、ぞわぞわとする感覚が背筋をのぼってくる。

「やっ……ん、んんっ」

 小さな声で喘ぐけれど、彼は手を止めようとはしなかった。振りほどくのもためらわれて、結局彼のいい様にされてしまう。


※サイト掲載のこの短編は、2015年11月発売乙蜜ミルキィ文庫の関連作品です。 ■初出 乙蜜ミルキィ文庫「蜜恋エンゲージ 一途な公爵の甘い誘惑」(リブレ出版刊)

2017年7月1日発売
パーフェクト愛され人生確定…ですか? 転生したらメロ甘陛下のおさな妻(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    蜜恋エンゲージ 一途な公爵の甘い誘惑 番外編      蜜恋エンゲージ 一途な公爵の甘い誘惑 番外編2 
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Date:2015/11/17
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