迷宮金魚

□ 身代わり花嫁の蜜月 番外編 □

身代わり花嫁の蜜月 番外編(1)

 
 シルヴィは、特別客室の窓辺に落ち着くと、ホームに目をやった。

 前回アンクレールに出かけた時には、ひっそりと旅立ったものだから、誰一人として見送りに来なかったのだが、今回は違う。

 さほど交友関係が広いというわけではないのだが、今回は何人かの友人が見送りに来てくれている。先ほどまで特別室の中を見て回っていた彼女達は、内装が豪華であることに驚きの声を上げていた。

 まもなく出発という時刻になって、彼女達はぞろぞろとホームへ降りていき、今は発車を待っているところだ。
 声は聞こえないけれど、向こう側から「行ってらっしゃい」と言ってくれているのは口の動きでわかる。

「今度は、皆で出かけようか」
「セルジュ様」

 特別室の窓には、ソファが向かい合うようにして置かれている。居心地のいいその椅子は、今自分がいるのが列車の中であることを忘れそうなくらいに座り心地がいい。

 そのソファに腰を下ろしたセルジュも、向こう側にいるシルヴィの友人達に手を振ってくれる。セルジュの友人も見送りに来てくれているのだが、彼らは、シルヴィの友人達の後ろの方から遠巻きにこちらを見つめていた。

(前に出かけた時とは、全然違うわ)

 あの時と今回ではシルヴィの気持ちも変化している。向かい合った席に座っているセルジュの顔をちらりと見て、膝に視線を落とした。

 それから、また窓の向こうに視線をやる。こんな風に見送られるのには慣れていなくて、胸がどきどきしてきた。

 やがて汽車はゆっくりと動きだし、シルヴィは遠ざかる友人達に窓越しに手を振った。汽車がスピードを上げ、ホームが完全に見えなくなる。

 ホームが完全に見えなくなってから、シルヴィは正面に目を向けた。早々と仕事関係の書類を広げていたセルジュは、シルヴィが向きを変えたのに気づき、顔を上げて、目元を柔らかくして見せた。

「これから何をするつもり?」
「本を持って、サロンの方に行ってきますね」

 立ち上がったシルヴィは、隣室に置いてあるトランクの中から本を取りだした。昨日、本屋に行って買い求めてきた本を手にし、小さく息をつく。

 今の状況が嫌なのではなく、あまりにも幸せだと思ってしまったから。

(……夢みたい)

 以前、アンクレールに向かった時は、セルジュとの関係はまるで違っていた。良好ではあったけれど、二人の気持ちは完全にすれ違っていて。

 ようやく想いが通じた今、こうやって再びあの場所に向かうことができるのを幸せだと思う。

 セルジュはシルヴィが同じ部屋にいてもまったく気にしないし、むしろシルヴィの相手ができないことを申し訳なく思うだろう。

 出発したばかりではあるけれど、サロンでお茶でも飲みながらのんびり過ごした方が彼も気にしなくていいだろう

 窓辺に席を確保し、目の前にはお茶のカップ。手にしているのは発売したばかりの恋愛小説だ。シルヴィは、わくわくしながらページを繰る。

 あっという間に本に夢中になって、周囲のことも気にならなくなった。

「……失礼。少しよろしいですかな」
「まあ、シャルトン様! こちらにいらしていたのですか?」

 本に没頭していたシルヴィに声をかけてきたのは、以前アンクレールで知り合ったシャルトン氏だった。隣には夫人もいる。

「長期の休みが取れたので、久しぶりに戻って来たのだよ。デルフィーヌを連れて帰るのは初めてだしね」
「まあ、そうでしたか。どうぞ、お座りになってください――こちらはいかがでしたか?」

 昔々シルヴィの母に好意を寄せていたというシャルトン氏だったけれど、今は夫人を熱愛しているのがありありとわかる。年をとっても、彼らのようでありたいという想いで、シルヴィは二人を見つめた。

「とても素敵でしたわ。お洋服は、アンクレールで仕立てた方がいいなと思いましたけど」
「アンクレールは流行の発信地ですもの。こちらでは今、青いタフタのドレスが流行中なんですよ」

 青いタフタは、シルヴィがアンクレールから持ち込んで、今、シルヴィの周囲では大流行している。
 本当は、他の人にそれを任せるつもりだったけれど――今は遠く離れてしまった人に思いをはせかけ、慌てて首を振って追い払う。

「まさかご一緒できるとは思ってもいなかった。伯爵は、部屋にいらっしゃるのかな」
「ええ、仕事は待っていてくれないので。ひょっとすると、今頃は秘書が呼ばれているかもしれません」

 セルジュの秘書も、同じ列車に乗り込んでいる。彼は隣の車両に部屋を与えられているのだが、昼の間はセルジュに呼ばれればいつでもかけつけられるように待機することが義務づけられていた。

「よかったら、アンクレールに到着するまでの間に、夕食をご一緒したいものだな。それとも、若い人達は、二人きりで食事の方が落ち着くのかな?」
「セルジュ様の仕事次第です。忙しくなると、食事に行く間も惜しいみたいで――でも、ぜひご一緒させてください。とても、嬉しいです」

 シャルトン氏のことが、シルヴィは好きだ。夫人のことも。彼らの導きがなかったなら、前回のアンクレール滞在をうまく乗り切ることはできなかっただろう。

2017年7月1日発売
パーフェクト愛され人生確定…ですか? 転生したらメロ甘陛下のおさな妻(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    身代わり花嫁の蜜月 番外編      身代わり花嫁の蜜月 番外編(2) 
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Date:2016/01/25
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