迷宮金魚

□ 身代わり花嫁の蜜月 番外編 □

身代わり花嫁の蜜月 番外編(2)

 
 セルジュに話をすると、さっそくその日の夕食に席をもうけることになった。

 今回の旅のために新しく仕立てたドレスに袖を通し、シルヴィはメイドが髪を結ってくれるのを眺めていた。

 胸元を大きく開いた淡い水色のドレスは、とても気に入っている。合わせたトパーズの首飾りが、シルヴィの細い首を強調している。

「そろそろ時間――まだ、終わっていなかったか」
「いえ、これで終わりです」

 ふらりと扉を開いて入ってきたセルジュは、鏡越しにシルヴィに微笑みかけた。黒の正装に身を包んだ彼に微笑みかけられて、思わず頬が熱くなる。

 彼のところに引き取られてから、何年もの間、幾度となく同じような出来事はあったはずなのに。あの頃と違って、自分の気持ちを殺す必要がなくなったからだろうか。

「今日も、とても綺麗だよ。そのドレスもよく似合う」
「ありがとうございます、セルジュ様」

 屋敷に引き取ってからのセルジュはシルヴィに甘かった。甘やかすというほどではないけれど、長期で出かける度にたくさんの土産物を持って帰ってきた。

 ドレスだって毎シーズン新しいものを仕立ててくれて、どこに行っても恥ずかしくないようにしてくれた。

 そのことにも感謝はしているけれど、今は彼に誉められるのが一番嬉しい。少しでも彼の目には美しく映りたい。シルヴィだけを見ていてほしい。

 食堂に入ると、他のテーブルとは少し離れた場所にある、一番いい席が用意されていた。テーブルの上には花が飾られ、食器類が並べられている。

 二人がその席に着くのとほぼ同時に、食堂車の入り口が開かれる。目を上げると、シャルトン夫妻が並んで入ってきたところだった。

「おや、お待たせしてしまいましたかな」
「いえ、時間ちょうどですよ。お久しぶりです」

 すかさず立ち上がったセルジュが、二人を出迎える。

 細身の白いドレスを身につけた夫人は、とても美しく見えた。その夫人に微笑みかけるシャルトン氏も穏やかで、見ていてこちらまで幸せになるようだ。

(いつか、あんな風になれるのかしら)

 セルジュと結婚するまでも、結婚してからもいろいろなことがあった。あの件でシルヴィが失ったものは小さくなかった。取り戻したものも大きかったけれど。

 そんな中、互いを信じて寄り添っている夫妻の姿は、シルヴィにはとても眩しく見えていた。

 セルジュと二人、十年、二十年と時を重ねた時、二人の間に流れているような穏やかな空気を持てるようになりたい。

 セルジュがワインを選び、前菜が運ばれてくる。

 アンクレールまでは一週間ほどかかるから、車内での食事は非常に重要だ。列車の中に大がかりな厨房を供えてあって、街のレストランで出されるのと遜色ない料理を提供してくれる。

 互いの近況を報告し合い、和やかな席だった。アンクレールで過ごしていた数ヶ月の間、夫妻とは何度も顔を合わせていたから、会話が弾む。

「そうそう、サンテールでヴィクトルに会ったよ。彼も、何かと忙しくしているようだね」

 食事も半ばにさしかかったところでシャルトン氏が懐かしい名前を口にした。

 シルヴィは最近の彼の動向については聞いていなかったのだが、セルジュはよく知っているようでよどみない口調で返す。

「商用でしょう。仕入れを任せられたという話を聞いていますから」
「以前とは少し雰囲気が変わったね、彼は。とても忙しそうにしていたよ――次はアンクレールに来るかもしれないと言っていたから、二人の滞在中に到着することになるかもしれないな」
「まあ。叔父様にお会いできるなら嬉しいですけれど……」

 口にしかけて、シルヴィは慌てて口を閉じた。叔父と会えるのは嬉しい。

 それは事実だったけれど、セルジュはそれをどう思うのだろう。あまり、いい印象を持たないのではないだろうか。

 空になった皿に目を落とすシルヴィに誰一人気づく様子は見せなかったのでほっとした。

「彼は――とても、大変な立場にいますからね。こちらを離れる機会があるのはいいことなのかもしれません。国外に移住する気はないでしょうが」

 ヴィクトルの親族は、叔母との離縁を勧めていると噂には聞いていたが、彼はがんとしてそれを受け入れようとはしていないらしい。「自分の人生だから、もう後悔はしたくない」と言ったとも聞いているが、どこまで本当なのかはわからない。

 普通なら叔母と離縁して、立場を守るのが正解なのだろう。彼女によってシルヴィが奪われたものはあまりにも大きすぎた。

 正直に言えば、叔母に対する心情はまだ整理しきれたとは言えない。時々、猛烈にどす黒いものが胸の内にわき起こってくるのを自覚していた。

 セルジュが、そんなシルヴィを見て見ぬふりをしてくれることは幸いだった。彼に、こんなどす黒い感情を知られたくはなかった。

 食後のデザートを終え、いずれ車内で顔を合わせる機会はまたあるだろうけれど、アンクレールでの再会を約束して、それぞれの部屋へと戻る。

「まさか、ここでお二人にお会いできるとは思ってもいませんでした。それに、叔父様がお元気と聞いて……よかったです」
「彼はなかなか有能だと、紹介した相手も喜んでいた。経営者としては――まあ、この話は今することでもないか」

 実業家としてのヴィクトルは、向いていなかったけれど、他の人に雇われて働いている今は、着々と成果をあげているのだそうだ。

 向き、不向きというものがあるから、叔父が自分の居場所を見つけられたのならそれもまたよかったと素直にシルヴィは思う。

「セルジュ様はご存じでしたの?」
「彼のことも心配だったからね。私が思っていたよりも、はるかに強靱な精神の持ち主だったようだが」

 あの事件があって以来、叔父もずいぶん人が変わったようにシルヴィ自身も思っていた。

 世間には彼を非難する声が後を絶たないけれど、それもまた受け止め、そして自分の道を歩もうとしている。

(叔父様は……私が思っていたよりずっと強い方だったもの)

 彼の愛情をシルヴィは理解することができないけれど、否定してはいけないとも思う。顔を合わせた日には、彼に対して笑顔を向けることができるだろうか。
2017年7月1日発売
パーフェクト愛され人生確定…ですか? 転生したらメロ甘陛下のおさな妻(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    身代わり花嫁の蜜月 番外編(1)      身代わり花嫁の蜜月 番外編(3) 
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Date:2016/01/27
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