迷宮金魚

□ 侍女の困惑 王子の寵愛 □

侍女の困惑 王子の寵愛 (3)

 
 幸いなことに、ルチアに大きな怪我はなかった。押し倒され、首を絞められた跡は残っているが、それも襟の高いドレスを着用すればなんとかごまかせる範囲だ。

「ルチア――よかった。ここにいたのか」
「殿下……何か、ご用ですか?」
「俺の側を離れないようにと言っただろう」

 それは、昨夜だけのことかと思っていた。一瞬にして、昨夜額に落とされたキスを思いだし、耳まで熱くなる。

 そんなルチアを気にした様子もなく、クリストハルトは続けた。

「ヴィオレッタは、兄上が側についているから、心配しなくていい」
「それなら、安心ですね」

 クリストハルトが視線で示した方向に、ルチアも目を向ける。そこには、エドウィンの腕を借りたヴィオレッタの姿があった。エドウィンの顔を見上げるヴィオレッタの目には、信頼が浮かんでいるように思える。

(……お話がうまくまとまりそうならよかった)

 ヴィオレッタとエドウィンの間で縁談が成立するのならば、ルチアの役目も一つ、終わったことになる。

「殿下、私を襲ったのは誰だったのでしょう」
「……すまない。今追わせてはいるんだが」

 それ以上は聞けなかった。宮廷の警護にルチアの身分で口を出すなど僭越でしかないから。庭に出るエドウィンとヴィオレッタを追いかけて、二人も庭に出る。

 昨夜の襲撃は恐ろしかったけれど、明るい今はそんな恐れもどこかに行くみたいだ。

(こんな風に、ずっと穏やかにいられるのならいいのに)

 そっと自分の胸に手を当ててみると、ものすごくどきどきしている。こんな風に早鐘を打つことがあるなんて、考えたこともなかった。

「そう言えば、ルチアに会ったのは一年前だな」
「そうでしたか?」

 たしかに、昨年、二人の王子がクレディナ王国を訪れたことはある。一度に二人とも国をあけるわけにはいかないと、ひと月ずらしての訪問だった。

 たぶん、クリストハルトが言っているのはその時のことだろう。だが、ルチアには心当たりなんてなかった――あの時は、遠くから見ていただけだし、自分がまさか侍女に選ばれるとも思っていなかったから。

「ああ。王宮の舞踏会で、グラスをひっくり返した令嬢がいただろう。おろおろする彼女に、真っ先に手を貸したのがルチアだった」
「そんなこと、あったでしょうか」
「白いドレスに派手に水を零して――身頃が透けてしまったのに、ストールをかけてやっていただろう。その後てきぱきと片付けてやっていた」

 クリストハルトはそう言うけれど、いくら記憶をたどってみても思い出すことはできなかった。

「他の女性とお間違えでは?」
「そんなことはない。ヴィオレッタにすぐに名前を聞いたんだから」
「……名前、を……?」

 まさか、そんなことまでしてくれているとは思わなかったから、ルチアの目が丸くなった。気まずそうに一つ咳をして、クリストハルトは続けた。

「あとで紹介してもらおうと思ってたんだ。それなのに、その後、滞在中に顔を合わせる機会がなかったから」
「……思い出しました……!」

 そこまで言われて、ようやく思い出した。

 昨年、クリストハルトがクレディナ王宮を訪問した時、たしかにルチアも参加した舞踏会でそんなことがあった。

 その後も王宮に招待される機会は何度もあったのだが、父、母と交互にひどい風邪をひいてしまい――王宮で他の人達に移してはいけないと、ひと月以上招待を断っていた時期があった。

 クリストハルトの滞在期間のほとんどを王宮には行かなかったことになるが、もともと縁のあるような相手でもなかったし、さほど残念だとも思っていなかった。

「あの、まさか……」

 ヴィオレッタの侍女として、アントリム王国に同行するようにと命令された時には驚いた。ヴィオレッタとは友人に近い関係で仲良くさせてもらっていたが、こんな重要な場への同行を求められるような関係ではないと考えていたから。

 ルチアの目を見て、彼はくすりと笑う。明確な答えこそもらえなかったものの、彼のその笑いが全てを物語っていた。

(クリストハルト殿下が、ヴィオレッタ様に私を連れてくるようにと……そうおっしゃったということよね……!)

 どうしよう、顔が熱い。きっと今、耳まで赤くなっている。

 自分が、ヴィオレッタの侍女に選ばれた裏にそんな話があったなんて想像もしていなかった。

「兄上とヴィオレッタの縁談がまとまったら――もう一度、クレディナ王国を訪問するつもりだ。その時には、トゥラーティ侯爵に挨拶に行く」
「あ、挨拶って……でも、あの」
「父上もルチアを気に入っている。父上の許しはいただいた――その前に、ルチアに求婚しろと言われたがな」

 あまりにもあっけらかんと言うものだから、どう返したらいいものかわからなくなる。

(殿下からの求婚――だなんて……)

 昨年、彼がクレディナ王国を訪問してきた時には、彼と会話する機会さえなかったから想像もしていなかった。

「……本当に、私で……よろしいのですか」
「ルチアがいいと、ずっと言っているのに、信じないから」
「それは」

 それを言われてしまうと、ルチアも弱いのだ。だって、クリストハルトの言葉をずっと本気ではないと心のどこかで思っていたから。

 ――でも。

 昨夜、彼はルチアの危機にすぐ駆けつけてくれた。なんのためらいもなく飛び込んできてくれたことを思えば、彼の言葉を信じない方がおかしいような気がしてくる。

「……お待ちしています。きっと、父も驚くと思いますけれど」

 エドウィンとヴィオレッタの縁談が成立したら、次は。ますます心臓がどきどきしてきて、クリストハルトの顔を見ることもできなくなった。

 足下に珍しい花でも見つけたみたいに、じっとその場所を見つめてみる。

「でも、その前に一つ、片付けておかないといけないことがある」

 その言葉と同時に、片手がすっと持ち上げられる。指の先にキスされて、ますます頬が熱くなった。

2017年2月1日発売
えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    侍女の困惑 王子の寵愛 (2)      侍女の困惑 王子の寵愛 (4) 
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Date:2017/02/02
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