迷宮金魚

□ 侍女の困惑 王子の寵愛 □

侍女の困惑 王子の寵愛 (4)

 
 従姉妹との縁談が具体的になり始め、クリストハルトがクレディナ王国を訪問したのは今から一年前のことだった。

「……エドウィン様でお願いできない?」
「話が早いな」

 久しぶりに会ったヴィオレッタは、口の堅い侍女以外は人払いした部屋で単刀直入に切り出した。

「クレディナ王国の王位継承権が欲しいと言うのなら、無理も言えないのだけれど」
「ヴィオレッタの上に三人も兄上がいるだろうが。それに、隣国の王位が欲しいとも思わない」
「それなら、話が早いわね」

 くすりと笑うヴィオレッタの表情は、実際のところとても愛らしい。

「昔っから兄上ばかり見てただろ」
「あら、鋭いこと」

 幼い頃から何度も行き来していて、気心の知れている相手ではあるけれど、ヴィオレッタの気持ちがどちらに向いているのかはずいぶん前からわかっていた。

 ヴィオレッタに好意を持ったことがあるかどうか考えてみても、物心つくより以前に「兄上とヴィオレッタはお似合いだ」という事実の方が擦り込まれていたような気がする。

「ありがとうございます、クリストハルト様。これで少し安心したわ」

 一つ話を終えて、ヴィオレッタは安堵した様子だった。だが、すぐにまた表情を曇らせる。手持ちぶさたそうに、手にした扇をこねくり回しながら彼女は、ゆっくりと口を開いた。

「でもね……もう一つ、心配なことがあるの。手を貸してくださらない?」
「俺で助けになれるのなら」
「トゥラーティ侯爵家の領地は、ジャスティア王国と境を接しているのよ。最近、そこで境界線を巡って争いになっているのは知ってる?」

 ジャスティア王国は、アントリム王国とクレディナ王国双方と国境を接している。アントリム王国の東にクレディナ王国があり、両国の南側にジャスティア王国が存在しているという位置関係だ。

 トゥラーティ侯爵家の領地は、アントリム王国とクレディナ王国の境界線と、クレディナ王国とジャスティア王国の境界線に面しているという位置にあった。

 今のところアントリム王国とクレディナ王国は両国の王妃が姉妹ということもあり非常に友好的な関係だ。その分、ジャスティア王国との仲が疎遠になりつつあるのも事実だった。

「あの地はアントリム王国とも国境を接しているからな」
「実は、ジャスティア王国からトゥラーティ侯爵家の令嬢のルチアを迎えたいという話が来ているらしいの」
「いいじゃないか。そのルチア嬢とやらが嫁げば、先方は満足なんだろう?」
「そんなの、だめよ」

 ヴィオレッタは首を激しく横に振った。その様子にただならぬ気配を感じて、クリストハルトは眉間に皺を寄せる。

「あの国にルチアを行かせるわけにはいかないわ。だって――向こうに行ったら、きっと殺されてしまうもの」
「殺されるとは穏やかではないな」
「そうすれば、次にあの地を相続するのはジャスティア王国内の貴族だもの」

 ヴィオレッタの説明によると、現トゥラーティ侯爵家の領地を継ぐのは一人娘のルチアだが、その次の後継者はジャスティア王国の貴族なのだという。

「数年前まではそうでもなかったのだけれど、トゥラーティ侯爵の尽力で土地の改良が進められて、今ではとても豊かな地になったのだそうよ」

 それまではさほど興味を持っていなかったのだが、土地が豊かになった今、ジャスティア王国がトゥラーティ侯爵領に興味を持ち始めたのだという。

「そういや、父上が近いうちに戦になるかもと言っていたな」
「そうならないように、お父様と侯爵が尽力しているところではあるけれど」

 おそらく、もう一つの頼みというのはルチアとかいう令嬢に関することなのだとここまで聞けば推測はできる。

「――それで?」
「ルチアを守るのに、手を貸してほしいの。今度私がそちらにうかがうでしょう。その時にルチアを連れて行くから、クリストハルト様に気を配ってもらえたらと思って」
「危険だと?」
「……その可能性もあると思って。実は侯爵も……」

 侯爵の身の回りでもこのところ怪しげな動きが続いているらしい。侯爵もルチアもいなくなれば、ジャスティア王国の貴族がトゥラーティ侯爵領を継ぐことになるから、まとめて始末すればよいという計画なのではないだろうか。
 
 つられるようにクリストハルトも難しい表情になる。

「そうか……事情はだいたい理解した。俺はその令嬢に会ったことはないと思うが、どの令嬢だ?」
「先週の踏会で会っていなかったかしら? でも、彼女は途中で退席してしまったし、あまり話はしていないかも」
「退席?」
「ドレスに水をこぼした令嬢に付き添って広間を出たの。そのまま帰ってしまったようね」
「ストールを貸した黒髪の令嬢か?」 
「ええ。彼女いつもそうなのよ。私が何も言わなくても動いてくれる分助かるけれど」 

 自分から貧乏籤を引きにいってしまうのだと、ヴィオレッタは苦笑する。

(――あの、令嬢か)

 たぶん、挨拶をしたであろうことは思い出した。最初に見た時にはさほど意識していなかったと思う。意識したのは、あのストールの一件からだ。

「わかった。わが国に来た時は、俺が責任を持って警護をしよう」
「ええ……そうしていただけるのなら助かります」

 あれ以来姿を見かけないのは、彼女の家で風邪が大流行中――ということになってはいるが、毒物を盛られた形跡もあるのだそうだ。

今後は侍女としてヴィオレッタの側に仕えさせることで厳重に警戒し、その間に事態の収拾にあたるという計画を立てているらしい。

数日後には、この国を出立することになっている。次にルチアと顔を合わせるのは、ヴィオレッタがアントリム王国を訪れた時になるだろう。

それまでの間、何事もなければいいとクリストハルトは思った。

2017年2月1日発売
えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    侍女の困惑 王子の寵愛 (3)      侍女の困惑 王子の寵愛 (5) 
既刊一覧

電子書籍



*    *    *

Information

Date:2017/02/03
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://goldfishlabyrinth.blog.fc2.com/tb.php/210-aec8161b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)