迷宮金魚

□ 侍女の困惑 王子の寵愛 □

侍女の困惑 王子の寵愛 (6)

 
 こうして、ヴィオレッタとルチアが帰国する日がやってきた。

 クリストハルトの使者が先行して父に手紙を届けているはずだから、屋敷に帰り着く頃には父も承諾の手紙を書き終えていることだろう。
 
父の返事がアントリム国王の手に届いた時、縁談が正式に成立することになる。

 出立の準備を進めているルチアを呼び止めたクリストハルトは、ルチアを並んだ馬車の間に引っ張り込んだ。ここからは、他の人達からは見えることができない。

「ルチア、気をつけて行くんだぞ」
「……はい」
「ヴィオレッタには言っていないんだが、ヴィオレッタとお前を一緒に始末してしまおうという話もあるらしいんだ。国境を越える時は注意しろ」

 クリストハルトの言葉に、ルチアは眉間に皺を寄せた。たんなる貴族令嬢であるルチアだけならともかく、ヴィオレッタを始末――一国の王女を殺害するだなんて。

「どういうことでしょう」
「ジャスティア王国は、ヴィオレッタと兄上の縁談を面白くないと思っているということだ。あちらの国から姫君を兄上にという話もあったからな」
「わかりました。ヴィオレッタ様は、私がお守りします」

 そうクリストハルトに告げると、彼は困ったような顔になった。そして、ルチアの頭をぐしゃぐしゃとかきまわす。

「こちらでやらなければならないことを片付けたらすぐに後を追う。それまで、気をつけろ」

 クリストハルトと離れるのは、寂しいと思う。ここ何日かの間、一緒にいる時間があまりにも長かったから。

 もちろん人に言えないようなことは彼はしなかったけれど、指を搦めて繋がれたり、その指先に口づけられたり。そっとルチアの髪に触れ、額にキスを落とす。

 そんな甘やかなふれあいが、長いとは言えない時間なのにルチアの中でとても大切なものへと変化していた。

「……頼むから。無茶はするな」
「はい、大丈夫です。無茶はしません」

 自分にたいした力はないことくらいわかっている。だから、無茶はしない――クリストハルトにそんなこと言われるまでもなかった。

 それでも、不安になる表情は彼には見せたくなくてうつむく――その間に、クリストハルトは顎に手をかけてルチアの顔を上げさせた。

「ルチア」

 ルチアの瞳をのぞき込んでくる、彼の目は優しい。ルチアは彼にうながされるままに、そっと目を閉じた。

「――気をつけて」

 一瞬だけ、優しい感触が唇に触れて、そして離れる。いたたまれなくなって彼の胸に顔を伏せると、背中に腕が回された。

 † † †
 
 馬車の中、ヴィオレッタと向かい合う位置にルチアは座っている。馬車が動き始めた時には、ヴィオレッタは何もかもわかるというような表情でルチアを見つめている。

「クリストハルト様に何か言われた?」
「ええと、その――」

 ルチアは言葉につまる。クリストハルトとの間にあったことを、ヴィオレッタに告げてもいいのだろうか。

(ヴィオレッタ様を殺そうという動きがある――)

 ヴィオレッタなら、そんなことを聞いてもさほど驚かないような気もするけれど。

「……まあ、いいわ」

 くすりと笑って、ヴィオレッタは話題を変える。そのことにほっとしながら、ルチアは窓の外に目をやった。

 すぐに戻ってくるのはわかっているのに、胸のあたりが痛くなる。正面に目をやったら、ヴィオレッタも窓の外を見つめてため息をついたところだった。

(ヴィオレッタ様も……?)

「……寂しくなりますね」

 ルチアは窓の外に目をやって、一人言のように口をした。その言葉に同意して、ヴィオレッタは微笑む。

「そうね、国に帰るのは寂しくなるわ。でも、すぐにこちらに戻ってくるもの。それに、お父様とお母様にもお会いしたいし。あなたもそうでしょう? ……国境を越えるのは少し不安だけれど」

 国境まではまだしばらくかかる。クリストハルトも国境を越える時には注意しろと言っていた。

(ひょっとしたら……国境で何かあると予想しているのかもしれない)

 クリストハルトは詳しいことは言っていなかった。だが、ルチアはスカートで隠した自分の手を強く握りしめる。

(もし、いざという時には)

 自分の身を挺してでもヴィオレッタを守るつもりではあるけれど――。本当にそんなことができるのだろうか。

(いえ……できるのかではなくて、やらなければ)

 国境までは五日ほどかかる。その間、ルチアは毎日緊張を持って馬車に座っていたけれど、今のところ不穏な気配はなかった。

 本当に必要なのかと思いながらも、座席の下には短剣を隠している。ヴィオレッタはそ
の存在に気づいていない……はずだ。

「そろそろ国境ね……ねえ、ルチア」

 不意にヴィオレッタが口を開いて、ルチアは慌てて居住まいを正した。

「これから馬で半日ほど行ったところが、ジャスティア王国との国境よ」

 ヴィオレッタの指さす方向に、ルチアも目をやる。むろん、ここからジャスティア王国との国境が見えるわけでもないけれど。

(特に……国境付近を越える時は気をつけるように……と)

 もぞもぞと身体を動かし、座席の下に隠した短剣を手探りで押さえてみる。そんなルチアの様子に、ヴィオレッタがいぶかしげな目を向けてきた。

「やあね、もぞもぞして何を考えているの?」
「……いえ、なんでも……? あら、何か――」
「変な音がするわね」

 先に妙な物音に気づいたのは、ルチアだった。ヴィオレッタも眉間に皺を寄せて、音の出所を探ろうとする。

「きゃああっ!」

 不意に馬車が揺れ、大きく走り始めてルチアもヴィオレッタも悲鳴を上げた。

2017年2月1日発売
えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    侍女の困惑 王子の寵愛 (5)      侍女の困惑 王子の寵愛 (7) 
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Date:2017/02/05
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