迷宮金魚

□ 侍女の困惑 王子の寵愛 □

侍女の困惑 王子の寵愛 (7)

 
「ヴィオレッタ様、ご無事ですか?」

 がたがた揺れる馬車の中、ルチアはヴィオレッタに声をかける。

「だ……大丈夫だけれど……いったい、何が」

 青ざめたヴィオレッタは、必死に手すりに掴まって顔を強ばらせている。ルチアも、手すりにしがみついた。

「だ……誰か……!」

 あげかけた声を、ルチアは慌てて閉じた。うかつに口を開いたら、舌を噛んでしまいそうだ。だが、周囲に聞くまでもなく、周囲がますます騒がしくなってくる。

 護衛についている者達のわめく声、剣の打ち合わされる音。

 真正面にいるヴィオレッタの目が大きく、丸くなる。ますます馬車のは速度を上げ、比例して揺れも激しくなった。

(……これが……殿下のおっしゃっていた……?)

 いざという時、自分はヴィオレッタを守れるのだろうか。落ち着きなく跳ね回る心臓をなんとか落ち着けようと試みる。

 速度を上げて走っていた馬車が、がくんと大きく揺れた。また派手にヴィオレッタが悲鳴を上げる。

「――大変! 御者が……!」
「ルチア、ルチア、どうしたら!」

 手すりにしがみついたままヴィオレッタは首を横に振る。

 御する者を失った馬車に、襲撃をかけてきた者のうち一人が飛び移る。そして、馬車が強引に停止させられた。

「――下がってください。ヴィオレッタ様」

 手探りで座席の下を探り、ルチアはそこに隠していた短剣を取り出す。そして、それを両手で握りしめた。

 狭い馬車の中、どこまで抵抗できるだろう――馬車の周囲から響く戦いの物音が一際大きくなる。

「――クレディナ王国のヴィオレッタ姫とお見受けする」

 馬車の扉が大きく開かれた。そして、そこから一人の男が馬車の中へと上半身を割り込ませてくる。ルチアは、さらに強く短剣を握りしめた。

 男の身なりはよく、山賊や盗賊ではないようだ。だが、わずかに口角を上げた唇は、どこか酷薄そうに見える。

「お下がりなさい。お前ごときが手を触れていい存在ではありません」

 強く握りしめた短剣を鞘から引き抜いて男へと向けた。男の口角がさらに上がって、手をルチアの方へと差し伸べる。

「侍女殿が、そんなものを振り回す必要はない――トゥラーティ侯爵令嬢。あなたにも用がある」
「私達は、用なんてありません」

 男の方へ短剣の切っ先を向けたけれど、それは見事なまでに震えていた。当然だ。ルチアは人を刺したことなどないのだから。

「――お下がりなさい」

(大丈夫、私は落ち着きを失っていないわ)

 心の中で必死にそう繰り返す。ルチアの動揺を見た男が、さらにもう少し前進し、その指先と短剣の切っ先が触れ合いそうになった――その瞬間。

 男の口が大きく開き、声にならない悲鳴が上がる。そのままぐらりと男の身体が揺れたかと思ったら、男の姿が視界から消え去った。

「ルチア、ヴィオレッタ、大丈夫か!」

 男の姿が消えたかと思ったら、今度はクリストハルトが顔をのぞかせる。彼の頬には返り血らしき血しぶきが飛び散っていた。

「すまない。予定より少々遅れた――」
「遅いです、クリストハルト様。ところで、この馬車からは降りてもよろしいのでしょうか」
「すまないと言っているだろう、ヴィオレッタ。ルチア、すまないが先に降りてくれ」

 ルチアの手から短剣と取り上げたクリストハルトの手を素直に借りる。馬車から降り立ったルチアは、周囲の光景に言葉を失った。

 あちこちに倒れている護衛の者と襲撃者達――そこから目をそむけるようにして、今度はヴィオレッタが馬車から出るのに手を貸す。

「なんてこと……」

 それきりヴィオレッタは口を結んでしまう。

「代わりの馬車をすぐに用意する。それまでの間は、あの中にいてくれ。警護の者もつける」

 クリストハルトが目線で示した方角には、周囲の景色を遮るように天幕が張られている。

「では、クリストハルト様。比較的軽い怪我の者は天幕に回してください。私とルチアも応急手当くらいはできるように父に仕込まれていますから」
「は、はい。大丈夫です。ヴィオレッタ様、馬車に薬箱がありますから、私はそれを取ってきます」

 警護の兵に案内されて、ヴィオレッタは先に天幕へと向かう。ルチアは、馬車の方へと振り返った。

 道中、何があるかわからない――最悪の場合、自分の手当は自分でできるようにと応急処置を事前に学ばされたのだがまさか、こんな形で役に立つことになるとは思ってもいなかった。

 不意に肩に手が回されて、どきりとする。

「無茶はするなと言ったのに、このざまだ。すまなかった」
「……いえ。殿下も、お怪我をなさっているでしょう」
「なぜわかる?」
「左腕をかばっているからです。もう手当はなさっているのでしょうけれど、お大事になさってください」
「ルチアにはかなわないな」

 困ったような顔をして、クリストハルトは肩をすくめた。

「フェルデン侯爵の伏兵とやり合ってたんだ。思ってたよりも、そちらの片付けに手間取った」

 思いがけない言葉に、ルチアは目を見張る。だが、続くクリストハルトの言葉で、ほっとした。

「フェルデン侯爵も、もう捕らえてある――国境を越える前に捕まえることができてよかった」
「そうでしたか」

 馬車の座席の下に置いてあった薬箱を取り上げたルチアは、クリストハルトの顔を見上げる。

「クリストハルト様」
「ん?」
「来てくださって……ありがとうございました」

 驚いたように目を見張ったクリストハルトだったけれど、ルチアの肩をもう一度強く抱くと、連れてきた部下達の方へと目をやる。

「まだ、やり残したことがある。天幕まで送る」

 ルチアが天幕に入るとすぐ、手当の必要な兵士が送り込まれてきた。

2017年2月1日発売
えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    侍女の困惑 王子の寵愛 (6)      侍女の困惑 王子の寵愛 (8) 
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Date:2017/02/06
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