迷宮金魚

□ 侍女の困惑 王子の寵愛 □

侍女の困惑 王子の寵愛 (9)

 
 あの日から半年が過ぎた。今日、嫁いでいくヴィオレッタにしたがって、ルチアもあの国に戻ることになっている。恐れ多いことに、エドウィンとヴィオレッタの婚儀と同じ日にクリストハルトとルチアの婚儀も行われることが決められた。

 クリストハルトからの手紙には、「何度も貴族を集めるのは面倒だから一度ですませる」とだけ書かれてたけれど、その後には、「早くルチアに会いたい」とも書かれてたから――たぶん、きっと、そういうことなのだろう。

 ――でも。

「あら、浮かない顔ね? 嫁ぐ日だというのに、それでいいのかしら」
「ヴィオレッタ様みたいに、堂々とできたらとは思いますけれど」
「クリストハルト様も大変ね。あなたがそんな不安そうな顔をしているんですもの」
「もちろん、きちんと勉強はしてきましたけれど学んだことをきちんとできるかどうかはまた別ですから……」

 この半年、フェルデン侯爵の件は気になりつつも他国に嫁ぐ準備を進めるのに忙しかった。

 クリストハルトは、ルチアが嫁いだ後恥をかかないようにと家庭教師も手配してくれたし、定期的に進み具合も確認してくれた。

 彼のおかげで、嫁いだ後恥をかくようなことにはならないのもわかっているが――それでも不安が残るのはしかたのないことだと思う。

 アントリム王国で過ごした時間はそれなりに長いし、なによりクリストハルトの側に行くことができるのだから必要以上におそれることがないというのもわかっているけれど。

「本当に心配性なんだから」

 困ったように笑ったヴィオレッタは、話題を変えた。

「そう言えば、フェルデン侯爵はようやく国に帰ったらしいわね。お父様のところに身代金の支払いがあったというわ。嫁ぐ前に片づいてよかったけれど」

 フェルデン侯爵の身柄については、三国の間で何度も何度も協議を重ねたそうだ。ジャスティア王国側は、フェルデン侯爵の勇み足――国としてはなんの関与もしていない――ということにしたかったらしい。

 ヴィオレッタもルチアも、その場に同席することは許されなかったから、国王やルチアの父である侯爵からの又聞きの話でしかないけれど。

 フェルデン侯爵の勇み足などという言い訳が聞くはずもなく、最終的には、莫大な身代金の支払いと共に、彼は三日前にようやく解放されたという。

 国境近辺はまだしばらく騒がしいかもしれないが、それも、もうすぐ静かになるはずだ。昨日行われた発表が、ジャスティア国王とフェルデン侯爵の耳に届いたならば。

「残念ね。侯爵があの話を聞いたら、どんな顔をするのか見られないなんて」
「私は、興味ありません」
「あらそう? ちょっとした意趣返しよ。だって、あんな風に襲われたことなんてなかったんですもの」

 あんな襲撃は二度と受けたくない。今回は、ヴィオレッタとルチアのドレスや宝石類――二人分なのでそれなりの量だ――を一緒に運んでいるということもあり、あの時より十倍近い警護がついている。

「そうですね。もっと早くそうしたらよかったのかもしれません」
「きっと、ルチアを手元に置いておきたかったのでしょう。婿入りの話もあったらしいじゃない」

 結局、ルチアは嫁ぐ際、父の領地を相続する権利を放棄した。父の死亡後は国の直轄領となる。そのかわり、ヴィオレッタの父であるクレディナ国王からは莫大な財産がルチア個人に譲られることとなった。

 その財産は嫁入り支度の一つとして与えられて、先に使いの者が持って行ったからもう先方の宝物庫におさめられているはずだ。

 ルチアがヴィオレッタの侍女として同行した前回と違い、今回は他に二名の侍女が同行しているが、彼女達はもう一台用意された別の馬車に乗っている。

 今回は特に怪しげな事件に巻き込まれることなく、ルチアの父が持つ領地まで到着した。

「これで、クレディナ王国も見納めね」

 ヴィオレッタが、馬車の窓に張り付くようにして外を眺めている。ルチアも同じようにして反対側の窓から外を眺めた。

 ここは父の領地だから、十四になった年に都で生活するまでずっとここで暮らしてきた。都に向かう時にはいつでも戻ってこられると思っていたけれど、国境を越えて嫁いだらそんなわけにはいかない。

 胸のあたりがぎゅっとなったような気がして、唇を強く結ぶ。一人で嫁ぐわけではなく、ヴィオレッタも一緒なのだから自分一人弱いところを見せるわけにはいかない。

 二人ともめっきり感傷的になってしまって、馬車の中はしんとしている。

「――呼ばれた?」

 不意に名前を呼ばれたような気がしてルチアは耳をそばだてる。ルチア、とたしかに名前を呼ばれた。

「……あらやだ」

 どうやらそれはヴィオレッタにも聞こえたらしい。あきれたように彼女は嘆息した。

「クリストハルト様が、迎えに来たみたい」
「……え?」

 ヴィオレッタの言葉に目を瞬かせる。今、クリストハルトの名前が出てこなかっただろうか。

 馬車が停止したかと思ったら、窓からクリストハルトが顔をのぞかせる。

(……わざわざ迎えに来てくださるなんて)

 迎えに来てくれるのだとしても、国境のところまでだと思っていた。

「エドウィン様も迎えに来てくださればよかったのに」
「兄上も来ているぞ。俺が待ちきれなくて先に来ただけだ――ほら」

 悪びれた様子も見せずに、クリストハルトは前方を指さす。向こう側からもう一人馬を走らせてくるのに気がついたヴィオレッタは、待ちきれない様子で自分から馬車を降りてしまった。

 ヴィオレッタが降りるのに手を貸したクリストハルトが、ルチアの方へと手を差し出す。

「――会いたかった。待ちきれなかった」

 ささやいたかと思ったら、熱烈に口づけられる。一気に頭に血が上って、その場に崩れそうになった。
2017年2月1日発売
えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

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Date:2017/02/08
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