プロローグ2
(ものすごいいっぱい人がいる!)
シアラは目を丸くして、あたりの光景を見ていた。今日は、国境を越えた隣にあるポラルーン領に、『薔薇の大祭』を見に来たのだ。
シアラの父は、ハズリット王国の小さな土地を治めている領主で、トルアックス王国からは国境を越えてすぐのところにある。
その国境地域を治めているのがポラルーン公爵だ。ポラルーン城は父の領地から馬車で二日ほどのところにあり、城下町はこのあたりで一番栄えている場所だ。
父の末の弟の結婚が決まり、結婚祝いをポラルーンまで探しに来たのだが、父の領地から出るのが初めてのシアラにとっては、何もかもが目新しいのだ。
「すごいわねえ、お母様。ほら、あんなにお花でいっぱい」
『薔薇の大祭』では『薔薇の女王』と呼ばれる祭りの主役が、盛りとなった薔薇の花で飾られた馬車の上からたくさんの袋を沿道に集まった人に投げてくれる。中身がわからないよう、袋は全部同じ大きさなのだが、その中には女王の幸運――幸運を招く品が入っているのだ。
たとえば、人形だったら将来、子宝に恵まれる。剣や弓矢のおもちゃだったら、武芸が上達して強くなることができる。包丁とまな板のままごと道具だったら、料理上手になる。
お菓子だったら、それを食べれば一年を健康に過ごすことができるし、銀の宝飾品は永遠の愛、さらにその宝飾品を想う相手に贈れば両想いになることができる――とされている。
それを拾った本人だけではなく、プレゼントした相手にも女王の幸運が与えられるのだとそんな言い伝えがあるのだ。
(私は、おままごとの道具が欲しいな)
シアラが狙っているのは、包丁とまな板のままごと道具だ。六歳のシアラには、銀の宝飾品が招いてくれる遠い未来の幸福はまだまだ想像もつかない。
(……たぶん、膨らんでる袋、よね。おもちゃの方が、銀の飾りより大きいもの)
目の前に落ちてきた袋にシアラは飛びついた。持ち上げるとずしりとしている。これは銀の宝飾品ではなくておもちゃの袋だ。
ままごとの道具を期待してうきうきしながら袋を開いたけれど、次の瞬間、浮き立った心はしゅんとしぼんでしまった。
袋の中から出てきたのは、弓矢のおもちゃだったのだ。シアラは武芸なんてやっていないので、弓矢をもらってもしかたない。
(……お土産にしようっと)
今回は同行していないけれど、母方の従兄弟が最近弓矢の練習を始めたところだ。女王の幸福をプレゼントしたら、きっと喜んでくれるだろう。
他にも袋が落ちていないかと周囲を見回すが、袋を拾い集めた人達はさっさと場所を移動してしまったみたいだ。
がっかりして大きなため息をついた。どうせなら、弓矢じゃなくてままごと道具がよかった。お料理上手になりたかったのに。
「なんだ、それ――弓矢じゃないか。女の子が持っててもしかたないだろ。僕がもらった」
「あっ、待って! それ、返して! シアラのよ!」
しょんぼりしながら歩いていたら、シアラより数歳年上と思われる黒髪の少年に、持っていたおもちゃを取り上げられてしまった。
たしかにがっかりはしたが、従兄弟へのお土産だ。取り上げられては困ってしまう。
「かわりにこれをやるよ! 同じ女王の幸運だからいいだろ」
少年がシアラに放り投げてよこしたのは、お菓子の入った袋。たしかに、女王の幸運の中にはお菓子もあるけれど、シアラが欲しかったのはこれではない。
慌てて後を追いかけたけれど、あっという間に引き離され、シアラ一人が取り残された。
(お土産、だったのに……)
ぽろっと涙が零れ落ちた。従兄弟がどれだけ稽古を頑張っているか、シアラはちゃんと知っている。だから、弓矢は従兄弟にプレゼントするつもりだったのにひどい。
「――返してよ!」
もう一度叫んだけれど、人混みの間に消えてしまった少年にシアラの声が届くはずもない。
「うーっ!」
悔しくて、ぼろっと涙が落ちたら、そこから後は止まらなかった。後から後からあふれ出る涙。その場でじたばたと足を踏み鳴らす。周囲の大人達が驚いたみたいにこちらを見ているのもわかったけれど、シアラは止まらなかった。
「ごめん。彼、僕の従兄弟なんだ」
そんなシアラに横から声をかけてくれたのは、先ほどのおもちゃを取り上げた少年と、どこか似た面差しの少年だった。
黒い髪に黒い瞳。優しそうな微笑みを浮かべた彼は、シアラの方へ上半身をかがめてくる。
「……だって、あれシアラのよ」
びぃびぃと泣きながらシアラは訴えた。おもちゃを取り上げられてしまったのだ。せっかくの女王の幸運だったのに。従兄弟にあげるつもりだったのに。
ぼろぼろと涙を流し、泣きながら訴えるシアラに少年は困ったような顔を見せた。
「本当、あいつはしかたないな……これで許してくれる?」
そう言った少年が、シアラの手を取る。そして、左手の中指にはめてくれたのは銀の指輪だった。どうやら、この少年が拾った袋には銀の指輪が入っていたらしい。
「ゆ、許すって……」
今の今までぼたぼたこぼれていた涙も、現金なもので引っ込んでしまった。
こんな綺麗な少年に贈り物をもらって嬉しくないはずがない。大人の指輪は、シアラの指には大きすぎた。油断すれば落としてしまいそうなその大きさが、大人になったみたいでシアラを高揚させる。
「ああ、そうか。指輪をあげたら、こうするんだよね」
とまどうシアラの頬はまだ濡れている。そっとそこに彼の唇が触れて、シアラは頬が熱くなるのを覚えた。
指輪と共に贈られるキスは、求婚の印。本当の意味は知らなくても、ドキドキしないはずがない。
この日、シアラは恋に落ちた。
未来の旦那様に出会ってしまったのだ。
彼の名は、レミアス・バジーリウス。未来のポラルーン公爵であることを知ったのは、はぐれたシアラを探しに来た母が、彼の前で何度も謝罪を繰り返した時のことだった。
2018年3月1日発売 若奥様は愛されすぎて困惑中! 旦那様は超☆絶倫!(ジュエル文庫)
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電子書籍 2018年6月1日配信開始 皇帝陛下は花嫁狩り ~いきなり私が皇妃様!?~(LUNA文庫)
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