迷宮金魚

□ 追放聖女はシンデレラ 俺様魔王に溺愛されて幸せです □

第一章 置き去りにされた聖女は魔王の城にとらわれて?(2)

 
 ――ここは、どこ?

 ゆっくりとアマリエの意識が浮上してくる。

 まるで雲の上に浮かんでいるような、水に包み込まれているような不思議な感覚。

 柔らかく身体を受け止めてくれて、身体に負担はない。

(気持ちいい……)

 うっすらと目を開けば、真っ先に飛び込んできたのは天蓋の裏に幾重にも張り巡らされた薄い布。首を振れば、今横になっているベッドの左右にも柔らかな布が垂らされていた。

 天蓋から垂らされた布で、ベッドの周囲はぐるりと囲まれている。薄い布を透かして向こうの光景が見えるけれど、今いる部屋はかなり広いらしい。

 身体にかけられているのは、上質の上掛け布。すべすべとした肌触りが心地いい。

 横たわっていたベッドを見下ろせば、今までアマリエが寝かされていたのは――。

「ぎゃあああああああっ! ス、スライム――!」

 自分が「何」の上に寝かされていたのかに気づいて、アマリエの口からは何とも色気のない悲鳴が上がる。

 その場から転がり落ちるようにして逃走を試みた。布を捲り、部屋へと飛び出す。

「――こ、こっちに来ないで……!」

 真っ先に目についた扉に飛びついてドアノブを捻るけれど、がちゃがちゃ音を立てるだけで開く気配はない。

 扉にぺたりと張り付くみたいにして、ベッドの方へ視線を向ける。

「……いやああああああっ!」

 ゆらり、と今までアマリエを寝かせていた『スライム』が揺れる。一歩、後ろに下がろうとしたけれど、踵が扉にぶつかっただけだった。

(ど、どうしてスライムがここに……!)

 スライムは知的水準はさほど高くないが、物理攻撃がきかない厄介な相手として知られている。獲物を体内に包み込み、骨まで残さず溶かしてしまうのだ。

(……聖光魔法[ホーリーライト]で通じるかしら……? あ、でも魔力戻ってない……)

 だいぶ体力は回復したものの、まだ本調子ではないようだ。体内をめぐる魔力は微々たるもの。これで相手を攻撃することができるのだろうか。

「み、見逃して……お願い……」

 お願い、と言葉を繰り返せば、さらにぷるぷるとスライムが揺れる。

「――どうした? ああ、起きたのか」

 不意に若い男の声が響く。

 そちらに目をやり、アマリエはひぃっと息を呑んだ。

 男性の平均身長よりかなり高い身長。がっしりとした体格。黒い髪を無造作にかきあげた彼は少し不機嫌な表情をしていた。

 髪の間から除く黒い目は切れ長で、油断ならない光を放っている。

 彼の装いは黒一色で統一されていた。黒いシャツ、黒いクラヴァット、上着もズボンも黒い。それでも、暗いというイメージにならなかったのは、金糸や銀糸で華やかな刺繍が施されていること、使われている布がアマリエの目から見ても最高級の品だったからだろうか。

 そして何より圧倒的だったのは、彼の魔力。

 彼の持つ魔力は、他のものとは比べ物にならないくらい大きかった。今までアマリエが彼の魔力量に匹敵する魔力の持ち主を見たのはたった一度――魔王セエレだけだった。

 姿形が人に似ているからといって、人間とは限らない。冷たいものが背中を流れ落ちる。

「あ、あなたは……?」

 嫌な予感がしながらも、震える声で問いかけた。

 ――ひょっとして。

「俺か? 俺の名前はヴァラデル。この地を治める者だ――魔王、と呼ぶ者もいるな」

 にっと笑った彼は、悪びれない表情でアマリエを見つめる。その名を聞いて、アマリエの背中はますます冷え込んだ。

 魔王。

(こ、こんなに早く魔王が復活するなんて……)

 魔王が倒されてから、次の魔王が現れるまで、たいてい百年ほどの時間がかかると聞いている。

 ぎゅっと目を閉じた。せっかく、生き延びることができたと思ったのに、これで人生終わりというわけか。

(孤児院には十分な援助をしてくれるって国王陛下は約束してくださったから……それだけは、救いだったかしら)

 捨て子だったアマリエは、教会に付属する孤児院で育てられた。

 その孤児院の子供達に十分な援助をしてくれることというのが、勇者パーティーに同行すると決めた理由だ。

 ここで魔王に殺されたとしても、あとのことはきっと勇者達が対応してくれるだろう。これ以上は、余計なことは考えなくていい。

(こ、こうなったら……自爆魔法[スーサイド]を使うしか……)

 武器になるようなものはこの部屋にはない。そして、アマリエには素手で敵と対峙するだけの技量はない。

体内に残っている魔力はないものの、自爆魔法であれば消費するのは魔力ではなく、自分の命だ。死ぬのは怖い――でも。

勇者パーティーの一員として今まで魔族と戦ってきたのだ。少しでもダメージを与えられれば、勇者達が魔王に対応するための準備をする時間も取れるはずだ。

意を決し、右手を握りしめる。なんとか、相手の胸に拳を叩きつけて、その瞬間に魔法を発動すれば。

「――えいっ……って、きゃああああっ!」

 彼の胸に打ち付けたはずの右手が掴まれ、そのまま腕一本で軽々と吊り上げられる。アマリエを自分の目の高さまで持ち上げた彼は、目をのぞき込んでたずねてきた。

「……で、なんでお前はベッドから出ているんだ? まだ、体力も魔力も完全に回復していないだろう」

「……はい?」

 呆然としている間に、そのままベッド――と言ってもいいのだろうか。スライムの上に放り出された。

おかしいだろう、この状況。

「や、や、や、そんなわけにはいきませんって! 私、ここにいるのが間違いなんじゃ」

「いいから、寝てろ!」

「はいぃ……」

 魔王の目ににらまれて、逃げ出す気力も失われてしまう。

たった今、命をかけても彼を倒さなければと思っていたはずなのに、そんな決意簡単に霧散してしまった。

(……隙を見て、逃げ出して……)

 視線をうろうろとさせながら、頭の隅の方で忙しく考えを巡らせる。

なんとかここから逃げ出して、魔王の復活を皆に伝えなければ。

「よからぬことを考えていそうだな。まだ、寝てろと言ったはずだ」

 ぐっと額に手を当てられたかと思ったら、急な睡魔が襲い掛かってくる。

一瞬にして、睡眠[スリープ]魔法をかけられたらしい。アマリエの意識は、その瞬間、ぷつりと途切れげてしまった。


2019年1月25日発売
追放聖女はシンデレラ 俺様魔王に溺愛されて幸せです(ジュエルブックス)
電子書籍 2018年6月1日配信開始 
皇帝陛下は花嫁狩り ~いきなり私が皇妃様!?~(LUNA文庫)

    第一章 置き去りにされた聖女は魔王の城にとらわれて?(1)      第一章 置き去りにされた聖女は魔王の城にとらわれて?(3) 
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Date:2019/02/01
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