迷宮金魚

□ いきなり後宮プリンセス!?溺甘殿下は蜜月計画中! □

第一章 身代り花嫁は後宮へ(2)

 
(……ちょっと、寒かったかも)

 暖かい室内から外の様子を見ている分には、今日は温かいように感じられたが、襟のところに毛皮のついた外套を羽織らずに来たのは失敗だったかもしれない。

「……そろそろ雪もとけるかしら」

 昨夜は久しぶりに雪が降ったが、日差しはだいぶ暖かくなってきている。梅の花が膨らみ始めているのを横目で確認しながら、急ぎ足に母屋に入った。

(……前回ここに来たのは、奥様とお異母姉様《ねえさま》の手伝いだったっけ)

 梅英と母が離れで生活をしているのに対し、父の正妻とその娘である玉英《ぎょくえい》は母屋で生活している。梅英が最後に母屋を訪れたのは、年始の挨拶に来た客をもてなす二人の手伝いをした時だった。

 年始以来、母屋に入らなかったのには、特に深い理由があるというわけではない。用事がなかったというだけのこと。

 二人とも妾の娘である梅英を可愛がってくれていたし、母の側を離れられない梅英を気遣ってしばしば離れを訪れてくれる。

 母も梅英も二人の厚意には感謝していて、敬意と親愛の念を持って接しているので、おおむねこの家は平和と言ってもいい。



 部屋まで案内してくれた使用人は扉のところでいなくなってしまったので、しかたなく自分で声をかける。

「お父様、参りました。入ってもよろしいでしょうか?」

 そう言えば、今日は玉英の姿を見ていない。いつもなら、梅英が母屋に入ればすぐに顔を見せてくれるのにどうしたのだろう。

「――入れ」

「失礼します」

 扉を入ったところで床の上に座り、手をついて頭を下げる。父が合図して、側に寄るよう促された。

 胡家の長であり、国においては将軍という地位を預かっている父の部屋は、いかにも軍人らしいな雰囲気だった。

 目に見えて豪華な調度品は置かれていない。木製の家具はほとんどが濃茶に塗られ、螺鈿の細工も、ほんの少しあしらわれているだけ。

 壁には皇帝から賜った剣や、父が出入りの武器商人から買い上げた名剣、槍などが飾られている。もっとも、これらの武器は単なる飾りではなく、父が戦場に赴くとなれば、いつでも持ち出せるようにきちんと手入れされている。

 部屋の奥、一段高くなったところに座っている父の前には、書類の広げられた文机がある。その側には火鉢が置かれていて、鉄瓶が湯気を上げていた。

「……そこに座れ」

「はい、お父様」

 いつもいかめしい表情をしている父であるけれど、今日はいつも以上に険しい顔をしている気がする。何かあったのかと思いながら、急に不安が再び胸に押し寄せてくるのに気がついた。

(……部屋の空気も、いつもと違う気がする)

 かすかに鼻に香るのは、この家の者が身に着けているのとは違う香り。不愉快なものではないのだが、つい先ほどまでここに客人がいたことを表している。

 床に敷かれた敷物の上に正座して待つけれど、父が口を開く様子はない。火鉢にかけられた鉄瓶がしゅんしゅんとたてる静かな音だけが室内に響いていた。


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    第一章 身代り花嫁は後宮へ(1)      第一章 身代り花嫁は後宮へ(3) 
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Date:2019/03/08
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