迷宮金魚

□ 王宮美術館で悪魔はささやく □

王宮美術館で悪魔はささやく 一話

 
 エリシュカは、使用人達の使う出口から城の外に出ると、大きく伸びをした。
 行儀見習いを兼ねて、王女付きの侍女として城に上がっているエリシュカだが、月に四日休暇をもらえるのだ。都に住居を構えている実家――伯爵家だ――に帰るのはそのうち二度。残る二日は自分の好きなように過ごしている。
 今日は、王宮美術館に向かうところだった。

「やあ、エリシュカ。こんにちは」
 スケッチブックを抱えたシュテファンは、公爵家の嫡男でありながら画家としても名を知られている。エリシュカがここを訪れる度にここにいるのは、王家から美術館の管理を任されているからだ。むろん実務は他に雇ってる人達に任せているので、彼がここにいる必要もないのだが。

「今日は暇?」
「暇ではありません」
 長身のシュテファンは、エリシュカの方へ身を屈める。長めの金髪が顔の方にこぼれ落ちるのを、鬱陶しそうに払い上げた。灰色の瞳が、エリシュカを見つめている。エリシュカは軽くため息をつくと、そっと顔をそらした。
 ここに来るのは、美術品が見たいからであってシュテファンの相手をするためではない。

「つれないな、俺と君の仲なのに」
「……ご冗談を」
 ここに来る度にこうやってからかわれるが、できることならそっとしておいてほしいとエリシュカは思う。公爵家嫡男であるという彼の立場をのぞいても、眉目秀麗なシュテファンに近づきたい女性はたくさんいる。彼女達を敵に回すのは得策ではないから、適当に彼をあしらうというのは大変面倒なのだ。

 幼い頃から、シュテファンはなぜかエリシュカにちょっかいを出してくるのだが、出されて嬉しくもない。
 子供の頃、「綺麗だから君にあげる」と渡されたのが、カエルで盛大な悲鳴を上げたのは未だに覚えている。たしかに珍しい金色のカエルだから綺麗だと言えばそうかもしれないけれど――手の上に載せられたぬめっという感触は、その後しばらくエリシュカの手から消えてくれなかった。

 ちなみに、「綺麗だから君にあげる」という言葉にエリシュカは何度もだまされていた。その度に虫やら小石やら魚の鱗やら――乙女としては受け取ってもあまり嬉しくないものばかりを渡されたものだから、少しは用心深くなっている。

「今度のメラニー伯爵夫人のお茶会だけど、君も参加する?」
「いいえ、参加しません。他の侍女がお供することが決まっていますから」
 王女付きの侍女達のうち、一番王女の身近でお仕えしているエリシュカは、王女の供で貴族の茶会に参加することもたびたびある。
 会う度にシュテファンが声をかけてくるものだから、彼との仲を勘ぐられることもあって、正直なところ迷惑だったりもする。
 それを本人にきっぱりはっきり言うのもためらわれるというか、両家の力関係を考えれば受け流さざるをえないのが現状だ。

「うーん、それは残念。それで、今日は南館に?」
「はい。今日も妖精の絵を見に来たんです……それでは失礼しますね」
 東西南北四つの建物を持つ王立美術館の中でも、エリシュカが一番よく訪れるのは古典絵画を収蔵している南館だ。ソファに座ってのんびりと絵画を鑑賞できる部屋もあり、エリシュカが一番気に入っているのは妖精達がダンスをしている絵の正面に置かれているソファだ。

「エリシュカ」
 スカートの裾を翻して、奥へと進むエリシュカをシュテファンが呼び止めた。
「言い忘れていたけど、今日も可愛いね」
「……お上手ですね、シュテファン様。でも、ありがとうございます」

 ――何が言い忘れていたけど、だ。

 扉を閉じるまではしゃんとしていたエリシュカだったけれど、自分の姿が彼の視界から消えたと判断すると当時に力が抜けた。
 収蔵品の鏡に自分の姿がちらりと映るが「可愛い」とはほど遠い容姿だ。背は高すぎるし、肩はしっかりとし過ぎているし――豊かで柔らかそうな胸と細い腰は悪くないが、体格の良さで全てがだいなしだ。

 少し癖のある褐色の髪は、一筋の乱れもなく結ってある。鏡の中から、見返してくるのはきつく唇を引き結んだ生真面目そうな顔。
 ――要は、可愛げなどというものとは対極のところにエリシュカ本人は位置しているのだった。

 王宮美術館を訪れる人は意外に少ない。というのも、ここは王宮の一角にあり、貴族以外の人が出入りを許されるのは、月に一度の一般公開日のみ。その時だって、事前に申し込みをした人しか入ることができない。
 そんなわけで、王家所属の美しい美術品がたくさんあるというのに、今日も美術館にはほとんど人の姿はなかった。

 長い廊下を通り、南館に入るなり、エリシュカの歩く速度はゆっくりになる。壁にかけられているのは、美しい春の女神を描いた絵画。女神の足下には愛らしい妖精達の姿がある。
「……可愛い」
 自分が愛らしさとは縁がないからか、エリシュカは愛らしいものに目がない。さすがに王宮に与えられてる私室はそれほどでもないものの、実家の自分の部屋はフリルとレースと花でとても可愛らしい内装に仕上げてある。年頃の娘の部屋としては過剰なくらいに。

 何度見ても、この妖精は可愛いし、その奥にある絵も可愛い。美術鑑賞方向としては間違っている自覚はあるけれど、可愛いものは可愛いのだ。
 お気に入りの妖精の絵の前に座って、エリシュカは目の前の絵を見上げた。たくさんの妖精達が、恋に落ちた二人を祝福してダンスをしている絵だ。

「……まずい、かも……」
 昨夜は王女のお供で舞踏会に出かけていた。戻ってきたのは明け方で、それからほとんど寝ないままここを訪れた。思っていたより疲れていたようで、睡魔が襲いかかってくる。
「……少し……だけ……」
 ちょっと休むだけ。エリシュカは自分に言い訳をして、目を閉じた。 
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    王宮美術館で悪魔はささやく      王宮美術館で悪魔はささやく 二話 
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Date:2014/08/19
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