迷宮金魚

□ 悪役令嬢、コワモテ陛下にさらわれました!!! 愛され奥さまにジョブチェンジですかっ? □

第二章 悪役令嬢、隣国へ(8)

 
 やがて、馬車は一度停まった。

「お帰りなさいませ、陛下――」

「街の様子は、いつもと変わりありませんよ」

 馬車の外から、そう声をかけられる。

 クラウディオの腕の中にいたフェリアは、慌てて身を離そうとした。

 こうやって彼と密着しているところを見られない方がいいのではないかと思ったが、馬車をのぞき込んできた人達はそうは思わなかったようだ。

「……何やってるんですか。若いお嬢さんを抱え込んで」

「まさか、親御さんに黙ってさらってきたんじゃないでしょうね?」

 どうやら馬車をのぞき込んでいるのは二人いるようだ。

 気安い口調から、クラウディオに近しい人間なのだろうと思った。

「馬鹿か。お前達は」

 あきれたようにクラウディオが嘆息する。それから彼はますますフェリアを抱く腕に力を込めた。

 顔を上げることもできなくなって、フェリアの方は、ただ、彼になされるまま。

 後頭部に回された手が、フェリアの顔を彼の胸板にぎゅっと押しつける。

「俺の花嫁だ。お前達には見せてやらん」

「わあ、ずるいなあ……綺麗な人なんでしょう」

「世界一の美女だぞ。俺の目にはそう見える」

(な、なんてことを言うの……!)

 臆面もなく、そんなことを言い放つから、フェリアは真っ赤になってしまった。

 一つ救いがあるとすれば、彼がフェリアの顔をぎゅっと押しつけているから、彼らにフェリアの表情は見られなかったというところくらいだろうか。

「城下は安全ですが、お気をつけて」

「いつか、ちゃんと会わせてくださいね」

 なんて会話が頭の上で交わされ、馬車は再び動き始めた。

(……本当に、この人は……)

 クラウディオの腕の中でフェリアは嘆息した。まだ、心臓がこんなにもドキドキしている。

 口にした時の彼の表情をうかがうことはできなかったけれど、フェリアを世界一の美女だと言い放った時、きっと彼は堂々としていたのだろう。

 ――困る。

 不意にそんな思いが押し寄せてくる。

 彼に、こんな風に大切にされることに慣れてしまったらきっと困る。

「あの、クラウディオ様」

 クラウディオの胸に身体を押しつけられたまま、フェリアは首だけ捻じ曲げて彼の顔を見上げた。

 彼は、なんてことないみたいな顔をして、こちらを見下ろしている。彼の目に映った自分の顔を確認したとたん、フェリアは固まってしまった。

(……私、こんな顔もできたんだ)

 クラウディオと出会う前のフェリアは、いつも冷静な表情を崩さないようにしていた。王太子の婚約者であり、侯爵家の娘である以上、人前で弱みを見せるわけにはいかなかったから。

 それなのに、クラウディオの前では、今まで必死に取り繕ってきた『フェリア・レセンブルク』の仮面がぽろりと落ちてしまう。

 クラウディオの瞳に映る自分の顔は、とても心細そうにこちらを見つめ返していた。こんな顔、今まで見たことなかった。

「私……これからどうしたら」

「難しいことは考えなくてもいい。この国と、俺のことをもう少し知る努力をしてくれれば」

(そんなことを言うから困るのよ……)

 なんて、フェリアが考えていることを、きっと彼は知らない。

 彼がフェリアに合わせてくれるというのなら、それに甘えてしまえばいいのかもしれないけれど、甘えっぱなしなのも違うと思うのだ。

「街の様子を見てみるか?」

「ええ……見せてください」

 クラウディオが腕の力を緩めてくれて、窓の方へと目を向ける。

 窓の外に広がっていたのは、今まで見たことのない光景だった。

 石造りの家の屋根は、赤やオレンジといった鮮やかな色に塗られている。窓は大きく取られていて、どの家も開放的な雰囲気だ。

 窓にひらひらと揺れているカーテンは、白やクリーム色、水色のような淡い色合いのものが多く、とても涼し気な雰囲気だった。

(……海の香りがする)

 鼻孔をくすぐるのは、潮の香。この世界に生まれてから海には行ったことがなかったから、この香りをかぐのは久しぶりだ。

 ちょうど市場を通り過ぎているところのようで、賑わいが馬車の中にまで伝わってくる。

 果物屋の店先に並んでいるフルーツは、バナナやマンゴーのような色鮮やかで南国情緒あふれるものが多い。店先に置かれている樽には、大量のオレンジが入っている。





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    第二章 悪役令嬢、隣国へ(7)      第二章 悪役令嬢、隣国へ(9) 
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Date:2019/10/15
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