迷宮金魚

□ お忍び陛下の専属侍女番外編 □

お忍び陛下の甘い夜 2

 
「それでも、ここにいらっしゃる理由にはならないでしょう?」
 リーゼはギルベルトの腕から身を解いて、一歩下がる。寝ようとしていたところだったから当然なのだけれど、今身につけているのは寝間着一枚だけ。
 薄い物しか身につけていないというのが何とも心許なくて、両腕を胸の前で交差させる。

「つまらないな。お前、いつからそんな話し方をするようになった」
「い……いつからって……皇妃教育を受けていますから……当然です」
 リーゼは視線を床に落とした。皇帝の血筋に生まれたギルベルトやアドルフィーネ皇女とは違う。リーゼの出自を考えれば、他人に付け入られる隙は小さい方がいい。
 ――だから。

 人前では、「皇妃候補」「皇帝の婚約者」にふさわしい表情を顔に張りつける。リーゼが素の自分に戻ることができるのは、一人きりになった時だけだ。
 気を抜けば、今までの自分がすぐに顔を出してしまう。だから、ギルベルトの前でも取りつくろった声しか出すことができなかった。
「俺の前でまで気を張る必要はない。そうだろう?」
「それは、甘えですから」

 リーゼの教育係としてやってきた教師達は皆リーゼにこう言った。
「今までの自分は忘れなさい。生まれた時から皇帝にふさわしい家で育ったと思いなさい」
 と。普通であれば、皇帝に嫁ぐことのない家で育ったことくらいわかっている――だから、彼にふさわしくありたいと思っていたのに。
「誰がお前にそんなことを吹き込んだんだ?」
 ギルベルトが不機嫌な顔になる。危険を感じたリーゼは、もう一歩後退しようとする。伸びてきた手に手首を掴まれて、ぐいと彼の方へと引き戻された。

 身体を強張らせるリーゼをなだめるかのように、手が背中をとんとんと叩く。
「怖がらせるつもりじゃなかった――悪かった」
「……いえ」
 ――この人は、全部わかっていて、全てを背負おうとしてくれている。
 リーゼを側に置くことを選んだのは彼だから。
 リーゼはギルベルトの胸に額を押しつける。自分がもっと彼にふさわしい存在だったらよかったのに。
「リーゼ」

 ギルベルトの声が甘く耳を打つ。
「余計な苦労をさせるとわかっていて、お前を選んだのは俺だ。だから――俺の前でまで気を張るな。俺の前では、今までどおりでいい」
「ギルベルト様は……それでよろしいのですか? 私……あなたのお役に立てていますか?」
「馬鹿だな。俺はお前がいてくれれば、それでいいんだ」
 ギルベルトはリーゼをより強く自分の方へと引き寄せる。

 きゃあと悲鳴じみた声を上げて逃れようとすると、ますます強く抱きしめられた。
「――お前を見ていると飽きないし」
「どういう意味ですか!」
 教師達が苦労してつけてくれた淑女の仮面など、あっという間に剥がれ落ちてしまう。叫んだリーゼは、彼が肩を揺すって笑っているのに気がついた。
 ――彼が楽しんでくれているのなら、いいけれど。

「ギルベルト、様……?」
 不意に彼が笑うのをやめて、リーゼの目を覗き込んでくる。まじまじと見つめられて、リーゼは頬が熱くなるのを自覚した。
「あとひと月、だな」
「そうですね」

 あとひと月。そのひと月が長いけれど、それが終われば彼とこんなにも長い間離れたまま過ごすことはない。少なくとも寝室は一緒になるわけで、朝なり夜なり、少しでも会話をかわす時間はとれるはずだ。
「……んっ」
 顎を掬い上げられたかと思ったら、とまどう間もなく唇が重ねられる。ためらいがちにリーゼの両腕が彼の背中に回された。

 唇を触れ合わせるだけではすぐに物足りなくなって、リーゼの方から唇を開く。誘うように少しだけ舌を出して彼の唇をなぞれば、その誘いを待ち受けていたかのようにギルベルトが攻勢に転じる。
「や、あ……んっ」
 ほんの少しだけ差し出していたはずの舌が、あっという間に搦めとられてしまう。背中を走り抜けるぞくぞくする快感を追いかけるように、ギルベルトの指が背筋をつっとなぞり上げる。息を継ごうとわずかに背中をそらせると、彼の方へと引き戻されて、口付けがより深いものへと変化した。

 舌の表面を擦り合わされて、足から力が抜ける。倒れ込みそうになるのを、背中に回した腕が支えてくれて――その感覚に酔っている間に膝がさっと掬い上げられた。
「えっ……あの、これは……」
 次の瞬間には側のベッドに背中を預けて、天井を見上げていた。リーゼに覆いかぶさるようにしているギルベルトの顔がすぐ上にある。

 まずい――この状況は、非常にまずい。

 彼の目に浮かんでいるのが、情欲の色であるのに気がついて、リーゼは身体を反転させた。
 彼の下から抜け出さなければ。けれど、リーゼの動きなど彼には完全に読まれていて、身体を反転させたところで、腰が彼の膝に挟み込まれてしまう。

「結婚式が終わるまでは慎むお約束でしょう――!」
 リーゼは悲鳴を上げた。彼の膝の間に腰を挟まれているから、手足をばたばたさせてみても逃れることはできない。
 この体勢、身に覚えがあり過ぎる。過去の記憶がよみがえって、リーゼの両手がぎゅっとシーツを握りしめた。
2017年7月1日発売
パーフェクト愛され人生確定…ですか? 転生したらメロ甘陛下のおさな妻(ジュエル文庫)
電子書籍 2016年5月25日配信開始 
征服王の激愛 ~人質姫は蜜夜に喘ぐ~(TLスイートノベル)

    お忍び陛下の甘い夜 1      お忍び陛下の甘い夜 3 
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Date:2014/09/16
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