迷宮金魚

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宇佐川ゆかり

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第一章 彼の心を掴むのです!(9)

「……行儀見習いに来た女性には、この部屋を使ってもらうことにしている。たいてい、近辺の豪商の娘だから、君には質素かもしれないね」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

 シアラは鞄をテーブルに置いて周囲を見回した。

 部屋はさほど広くはない。天蓋のない、簡素な形のベッドが一台。それから、食事をしたり、本を読んだり、手紙を書いたりと多目的に使用されるであろうテーブルが一つ。

 クローゼットは壁に作り付けで、あとは棚が一つだけ。あとは身動きするのがやっとというくらいの広さしかなかった。

(……これで十分と言えば、十分なのよね)

 シアラの役割は、ここで働くことだ。ドレスも、一人で着られる動きやすいものを持ってくるようにという指定があった。制服は、行儀見習いの娘達にまでは支給されないからだ。

 実家にいた頃も、侍女に支度を手伝わせるのは年に数回のパーティーの時だけなので、基本的には問題ない。

 緑のカーテンがかけられた窓は出窓になっていて、そこには白い花が一輪挿しに飾られていた。

(……そうね、しっかりしなくちゃ)

 思いがけずクルトの協力が得られることになったけれど、三ヵ月しか時間はない。両親の進める縁談が、どこの誰なのかも聞いていないけれど。

 とにかく、明日からの仕事を頑張ることにしよう。

 そう決めると、シアラは勢いよく荷物を解き始め、その夜はぐっすりと眠った。



 ◇ ◇ ◇



 明るい灰色のドレスは、襟元だけレースがつけられている。スカートは細身で、動きやすいように少し短め。歩きやすくてしっかりした靴を履き、白いレースのエプロンをつける。髪を二つに分けてリボンで束ねたら、シアラの身支度は完了だ。

 使用人達の食堂で供される朝食は、チーズとハムを挟んだサンドイッチに、野菜とベーコンが入ったスープ。豆の煮物というメニューだ。希望者には、新鮮な果物も用意されている。

(……ポラルーン領って裕福なんだわ)

 この地は豊かであるために何かと争いの種になっていることは聞いてはいたけれど、それを目の当たりにしてシアラは感心の声を漏らした。

 少なくとも、シアラの生家では朝食にまでチーズとハムは出さない。バターを塗ったパンにスープくらいだろうか。前の晩の残り物があればそこに追加されることもあるけれど、果物は夕食のあとにしか食べない。

「エグモントさん、おはようございます」

「おはよう、シアラ。君の仕事は、まずは帳簿付けの手伝い。それから――」

 朝食をすませてから、エグモントのところへと向かう。仕事の打ち合わせをしていたら、脇からクルトが口をはさんできた。

「それが終わったら、俺が借りてもいいか? 庭の薬草園の手伝いが欲しい。昨日聞いたら、薬学の初歩も押さえてるみたいだからな」

「――他にやってほしいことがあるんだけどな」

「頼む。まあいいだろ?」

 クルトが両手を合わせて拝むと、エグモントはしかたないというように大きくため息をついた。

「しかたないな――本来なら、よそから行儀見習いに来たお嬢さんをあてにするなんてあってはいけない話だぞ」

「まあまあそう言うなって。俺の部署、男ばかりで潤いが足りないんだよ、潤いが――人手なら足りてるが潤いが欲しい」 

 あくまでもチャラチャラしているクルトの言葉に、エグモントはあきれたみたいなため息をついた。だが、午後からはクルトの手伝いに回ることが決められて、ようやく仕事を始めることができた。

「行儀見習いっていっても、君の場合はうちの城で働いたという箔がつけばいいんだよね。あと隣の領地の人だし、ポラルーン領についても学んだ方がいいと思う。今度街の見学に出られるようにしておくよ」

「ありがとうございます」

 ポラルーン領について学ぶのは、両親からも言われていた。自分できちんと現地の空気を感じてこいと。両親の言うことももっともなので、シアラもおとなしく両親の言葉に従うつもりでいた。

 エグモントの言う帳簿付けの手伝いとは、帳簿の記載をシアラが計算し、それをエグモントが計算するという二度チェックだ。機密にかかわるところは当然出されず、城内の食料の買い付けだのシーツや制服の支払いと言った日常にかかわる部分だけだ。

「おや。君は計算が速くて正確だね」

「一応、領主の娘ですので!」

「それは、助かるよ。じゃあ、こちらの帳簿付けも手伝ってもらおうかな」

 エグモントが引っ張り出してきたのは、城内の食料品の注文をまとめている帳簿だった。小麦、大麦、砂糖、塩。肉に魚、野菜からビールやワインといった酒類まで。多数の品を扱っている。

「僕、君に謝らないといけないことがあるんだよね」

「なんですか?」

 エグモントがシアラに謝らないといけないことって、何だろうか。ペンを置き、ちょっと身構えたら、その様子にエグモントは小さく笑った。

(……あ、ちょっと似てるかも)

 従兄弟という血のつながりがあるからだろうか。笑ったエグモントは、どことなくレミアスに似ている。

 思わずぽっとしかけて――だって、レミアスに似ているのだからしかたない――慌てて首を振ったら、エグモントは軽やかに笑った。

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第一章 彼の心を掴むのです!(8)

「母国であるハズリット語は当然として、アルバース語もトルアックス語も母国語同様に操れますし、日常会話程度ならさらに三か国語。それから、城の切り盛りもできます。料理に洗濯、裁縫といった家事一般もばっちりですし、お医者様がいなくても基本的な手当てができるように、医学の初歩は学んでます。あと、薬学も」

 指折り数えながら、自分が学んできたことを告げると、クルトは感心したように目を丸くした。さらにシアラは畳みかける。

「あとは、こういう政情ですので、いざという時は政敵の暗殺ができるように毒物についても学びましたし――あとは毒を盛れない相手を呪殺できるように呪術も少々」

「おいこらちょっと待て。最後の二つはどうかと思うぞ?」

 レミアスが暗殺なんて手段を必要としているとは思っていないが、最低限の教養として納めるべきところはきちんと押さえてきた。だから、胸を張ってクルトの前で力説する。

「何事にも準備が肝心です!」

「そりゃまあそうだろうけどさぁ、何それ、王女殿下にも匹敵する教育内容だろうに。悪いがお前さんとこ、地方の小さな領主だよな?」

「ええまあ。でも、教育は無駄にはならないというのが両親の方針でしたので――私がもうちょっと美人だったら、有力貴族に嫁入りさせることも考えたかもしれないですね」

 シアラのわがままを聞いて、両親はできる限りの教育を与えてくれた。

 もちろん、必要以上のお金がかからないように、シアラの方も工夫はしてきた。その結果が、現在につながったというわけだ。

「ええと、お前何歳だっけ?」

「十八になりました」

「ふーん、それならまあ、ちょうどいいのか。年齢的にも釣り合い取れてるしなぁ。身分なんざ俺はどうでもいいし、レミアスも気にしないだろ」

 何事か考えるような表情になったクルトは、シアラの目の前に膝をついたままこちらを見上げてくる。

「レミアスを落とすのは、けっこう大仕事になるぞぉぉ」

「……わかってます」

 レミアスがシアラを本気で相手にしてくれる可能性なんて限りなく低いのは承知の上だ。だから――クルトの言葉に、真正面からシアラは返した。

「両親も……三ヵ月の行儀見習いの間にレミアス様のお心を掴めなかったら帰って来いと言ってますし。三ヵ月が勝負です」

「マジで?」

「マジ……ええと、真面目な話なのかと言えば、そうなりますね。縁談が持ち込まれてないわけじゃないみたいなので」

 地方領主の娘とはいえ、シアラの縁談だって自由に決められるというわけではない。家のために、両親の決めた相手と結婚するのがシアラの身分なら当たり前。

 わがままを言って身に着けた教養を考えれば、シアラを欲しがる貴族がいてもおかしくはない。

 だが、両親は国境を越えてポラルーン城に行儀見習いに出ることは認めてくれた。その間に、万が一――ほとんどありえない話ではあるけれど――レミアスの気持ちを掴むことができたら、親の決めた相手でなくてもいいという条件を呑んでくれた。

 レミアスならば両親が持ってくる縁談の誰より、恵まれた結婚相手になるだろうが――。

「はー! そういうことかー! まあ、そういうことなら」

 ドンとクルトは自分の胸を叩いた。

「俺に任せとけって。シアラがその気なら、仲をとりもつくらいはしてやってもいいぜ」

「……本当ですか?」

「うん。レミアスのやつ、浮いた話の一つもないからさー、少しくらいいいだろ。俺にできるのは取り持ってやるってところまでで、確実にくっつけてやるって約束はできないんだけど」

「思ってたより、いい人ですね!」

「だろぉ? よしよし、じゃあとりあえず、エグモントのところに行こうか。あそこでこっち見てるだろ」

 にかっと笑ったクルトが指さした方向を見れば、エグモントが両腕を胸の前で組んでこちらを見ている。ここからでも、彼の眉間に深い皺が寄っているのに気づいてしまって、シアラはいたたまれない気分に陥った。

「申し訳ない、です……」

 城主に挨拶に出向いた部屋から、思いきり脱走してきてしまった。いたたまれなくなって、うつむいたら、目の前にいるクルトは思いきり声を上げて笑い始めた。

「いいって。誰にでも失敗はあるもんだろ。それをいちいち怒っていたら、きりがないさ」

 この城の人達は、一応、シアラを歓迎してくれるつもりはあるらしい。

 クルトのその言葉にちょっとだけほっとして、シアラは改めてエグモントの方に近づいた。

「……レミアスの前から逃げ出すなんて、君もたいがいだよね」

「本当に申し訳なく思って……」

 エグモントの言葉には逆らえない。レミアスの前から脱兎のごとく逃げ出したのは事実だし、自分の口走ったことが、常識では考えられないのも理解している。

「まあいい。君の部屋に案内するよ」

「よろしくお願いします」

 エグモントに連れられ、改めて城内に足を踏み入れた。まず連れていかれたのは、行儀見習いに来た女性が宿泊するための部屋だった。

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第一章 彼の心を掴むのです!(7)

「……ま、待ってください!」

 庭に飛び出したところで、腕を掴んで引き留められる。涙まじりの目で振り返ったら、シアラの腕を掴んでいたのはレミアスだった。

 彼がこちらを真剣な目で見ているから、シアラは瞬きを繰り返して涙を追い払おうとした。

「大丈夫ですか。いきなり走り出したので、びっくりしました」

「い、いえ……あの、本当に申し訳なく……」

 どうしよう、先ほどまでとは違う意味でレミアスの顔を見ることができない。彼に取られた腕から伝わってくる手の感触だけで、頭がくらくらしてくる。

 三ヵ月しかないのに、しょっぱなからやらかしてしまった。

「いえ、何もないのならよいのです。あとのことは、エグモントに聞いてください」

「……はい」

 シアラの発言は、レミアスにとってはさほど深い意味にはとられなかったようだ。しゅんとなったシアラの手を放し、彼は城内へと戻っていく。

(……そうよね、私なんて)

 たぶん、最初に出会ったあの日のことを覚えているのはシアラだけ。きっとそういうことなんだろう。

 ――だけど。

(今のレミアス様の表情……すっごく素敵、だった――!)

 行儀見習いに来てよかった点の一つは、直接彼と顔を合わせる機会を得られたということだ。なにせ、シアラは隣国の人間だ。ポラルーンと父の領地が境を接しているとはいえ、ポラルーンの情報なんてなかなか入ってこない。

 そんな中、ごくたまに入手できたレミアスの絵姿を、大事に大事に枕の下にしまって眠りにつく。

 十年以上もの間、そんな日々を過ごしていたから、『生レミアス』は非常に貴重な経験だった。

(とりあえず、心のレミアス様手帖に記録しとかなきゃ……!)

 しかも腕まで掴まれてしまったのだ。なんて幸せなんだろう。

 自分がしでかした発言のことは、完全に忘れ去り、別れたところでせわしなく表情を変えていたら、脇から出てきた腕にひょいと抱えあげられた。

「ぎゃあああ! 人さらいぃぃぃぃ!」

「何が人さらいだ、このバカ娘!」

「バカ娘って失礼ですね!」

 手足をじたばた振り回し、叫んでから気が付いた。シアラを担いでいるのは、レミアスの執務室で顔を合わせたばかりのクルトではないか。

 担ぎ上げられたクルトの肩の上でしゅんとしていたら、彼は庭の方へとずんずん歩いて行って、とんとシアラをベンチに下ろす。

「立ったままころころ表情変えていたから、気になってな。少しは落ち着いたか?」

「あの、その……とんだご迷惑をおかけしまして」

 ころころ表情変えてたって、あの顔を見られてたのか!

 いたたまれなくて両手で自分の頬を挟み、視線をうろうろとさせてしまう。ベンチに腰をかけたシアラの前に膝をついたクルトはくっくと肩を揺らして笑った。

「まあ、あれは傑作だったな。あのレミアスがぽかーんと口を開けて、お前を見てたぞ。そのあとすぐに追いかけてたけどな」

「私だって……好きで、あんなことを口走ったわけじゃ」

 もぞもぞと動いたシアラの手が、胸元へと伸びてそこにある指輪をぎゅっと押さえつける。ちゃんと挨拶したかったのに、最初から失敗してしまった。

「レミアスと結婚したいと思っている女はそれこそ掃いて捨てるほどいるが、本人の目の前で口にしたのはシアラが初めてだな」

「忘れてください、あの発言は」

 穴があったら入りたい。いや、穴がなくても自分で掘って埋まりたい。指輪の感触を確かめながら、さきほど追い払ったばかりの涙がぼろっと零れ落ちた。

「おいおい、泣くなよ! 俺が泣かせたみたいじゃないか……ほら、ハンカチ使え」

「うぅ……本当に、ご迷惑をおかけしまして」

「鼻をかんでもいいんだぞ」

「それは遠慮しておきますぅぅぅ……」

 いくらなんでも異性の前で鼻をかむとかありえない。ハンカチでそっと涙を押さえてから、借りたハンカチを膝の上に置いた。

「金と身分のある男がいいなら、俺とかどう? これでもけっこうモテるんだけど」

「お気持ちはありがたいんですけど、遠慮しておきます」

 クルトの口調から、本気で言っているわけではないことくらいシアラにもわかる。にっこりとして、同じく軽い口調で返してみた。

「わあ、残念。そんなにレミアスが好きなのか? 初対面だろ? あれか? ポラルーン公爵の金と地位につられたとか?」

 そう問いかけるクルトの口調は遠慮がない。

「レミアス様は……好きとかそんなことではなくて、私はレミアス様しか見てないです。ポラルーン公爵の地位とか財産とか、そんなのもどうでもいいです」

 もう一番恥ずかしいところを見られてしまっているのだから、今さら取り繕う必要もないだろう。レミアスは、シアラのことなんて完全に忘れていたようであるし。

 十年以上前、シアラが六歳の時に『薔薇の大祭』を見に来たこと。知らない男の子に、『薔薇の女王』からもらった弓矢のおもちゃを取り上げられてしまったこと。

 わぁわぁ泣いていたシアラに、銀の指輪をくれたのがレミアスであったことも――全部しゃべってしまう。

「それで、レミアスの嫁になるってお前、ずいぶん単純なんだな」

「幼女の思い込みを舐めてはいけません」

 ちっちと指を振ってクルトに宣言すると、彼はものすごく微妙な表情になった。

「思い込むのはいいけどな、公爵の妻になるってどういうことかちゃんとわかってるのか?」「レミアス様のお嫁さんになるんだって決めた時から、公爵に嫁いでも困らないようにちゃんと準備はしてきたんですよ」

 クルトが笑うから、シアラの方も笑いながら返した。一応、えへんと胸も張っておく。重ねた努力は、誰にも否定はできないはずだ。

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第一章 彼の心を掴むのです!(6)

「……ま、待ってください!」

 庭に飛び出したところで、腕を掴んで引き留められる。涙まじりの目で振り返ったら、シアラの腕を掴んでいたのはレミアスだった。

 彼がこちらを真剣な目で見ているから、シアラは瞬きを繰り返して涙を追い払おうとした。

「大丈夫ですか。いきなり走り出したので、びっくりしました」

「い、いえ……あの、本当に申し訳なく……」

 どうしよう、先ほどまでとは違う意味でレミアスの顔を見ることができない。彼に取られた腕から伝わってくる手の感触だけで、頭がくらくらしてくる。

 三ヵ月しかないのに、しょっぱなからやらかしてしまった。

「いえ、何もないのならよいのです。あとのことは、エグモントに聞いてください」

「……はい」

 シアラの発言は、レミアスにとってはさほど深い意味にはとられなかったようだ。しゅんとなったシアラの手を放し、彼は城内へと戻っていく。

(……そうよね、私なんて)

 たぶん、最初に出会ったあの日のことを覚えているのはシアラだけ。きっとそういうことなんだろう。

 ――だけど。

(今のレミアス様の表情……すっごく素敵、だった――!)

 行儀見習いに来てよかった点の一つは、直接彼と顔を合わせる機会を得られたということだ。なにせ、シアラは隣国の人間だ。ポラルーンと父の領地が境を接しているとはいえ、ポラルーンの情報なんてなかなか入ってこない。

 そんな中、ごくたまに入手できたレミアスの絵姿を、大事に大事に枕の下にしまって眠りにつく。

 十年以上もの間、そんな日々を過ごしていたから、『生レミアス』は非常に貴重な経験だった。

(とりあえず、心のレミアス様手帖に記録しとかなきゃ……!)

 しかも腕まで掴まれてしまったのだ。なんて幸せなんだろう。

 自分がしでかした発言のことは、完全に忘れ去り、別れたところでせわしなく表情を変えていたら、脇から出てきた腕にひょいと抱えあげられた。

「ぎゃあああ! 人さらいぃぃぃぃ!」

「何が人さらいだ、このバカ娘!」

「バカ娘って失礼ですね!」

 手足をじたばた振り回し、叫んでから気が付いた。シアラを担いでいるのは、レミアスの執務室で顔を合わせたばかりのクルトではないか。

 担ぎ上げられたクルトの肩の上でしゅんとしていたら、彼は庭の方へとずんずん歩いて行って、とんとシアラをベンチに下ろす。

「立ったままころころ表情変えていたから、気になってな。少しは落ち着いたか?」

「あの、その……とんだご迷惑をおかけしまして」

 ころころ表情変えてたって、あの顔を見られてたのか!

 いたたまれなくて両手で自分の頬を挟み、視線をうろうろとさせてしまう。ベンチに腰をかけたシアラの前に膝をついたクルトはくっくと肩を揺らして笑った。

「まあ、あれは傑作だったな。あのレミアスがぽかーんと口を開けて、お前を見てたぞ。そのあとすぐに追いかけてたけどな」

「私だって……好きで、あんなことを口走ったわけじゃ」

 もぞもぞと動いたシアラの手が、胸元へと伸びてそこにある指輪をぎゅっと押さえつける。ちゃんと挨拶したかったのに、最初から失敗してしまった。

「レミアスと結婚したいと思っている女はそれこそ掃いて捨てるほどいるが、本人の目の前で口にしたのはシアラが初めてだな」

「忘れてください、あの発言は」

 穴があったら入りたい。いや、穴がなくても自分で掘って埋まりたい。指輪の感触を確かめながら、さきほど追い払ったばかりの涙がぼろっと零れ落ちた。

「おいおい、泣くなよ! 俺が泣かせたみたいじゃないか……ほら、ハンカチ使え」

「うぅ……本当に、ご迷惑をおかけしまして」

「鼻をかんでもいいんだぞ」

「それは遠慮しておきますぅぅぅ……」

 いくらなんでも異性の前で鼻をかむとかありえない。ハンカチでそっと涙を押さえてから、借りたハンカチを膝の上に置いた。

「金と身分のある男がいいなら、俺とかどう? これでもけっこうモテるんだけど」

「お気持ちはありがたいんですけど、遠慮しておきます」

 クルトの口調から、本気で言っているわけではないことくらいシアラにもわかる。にっこりとして、同じく軽い口調で返してみた。

「わあ、残念。そんなにレミアスが好きなのか? 初対面だろ? あれか? ポラルーン公爵の金と地位につられたとか?」

 そう問いかけるクルトの口調は遠慮がない。

「レミアス様は……好きとかそんなことではなくて、私はレミアス様しか見てないです。ポラルーン公爵の地位とか財産とか、そんなのもどうでもいいです」

 もう一番恥ずかしいところを見られてしまっているのだから、今さら取り繕う必要もないだろう。レミアスは、シアラのことなんて完全に忘れていたようであるし。

 十年以上前、シアラが六歳の時に『薔薇の大祭』を見に来たこと。知らない男の子に、『薔薇の女王』からもらった弓矢のおもちゃを取り上げられてしまったこと。

 わぁわぁ泣いていたシアラに、銀の指輪をくれたのがレミアスであったことも――全部しゃべってしまう。



◇ ◇ ◇

「インテリ公爵さま、新婚いきなりオオカミ化ですかっ! わたし、押しかけ花嫁でしたよね? 」、たくさんの方に読んでいただけているみたいでありがとうございます。
紙の書籍、電子書籍共に売れ行き好調と聞いてます!
やったね!

ネット書店だともう在庫がなくなってしまっているところも多いみたいなのですが、一番使っている人が多いと思われるAmazonにはまだ残っているみたいなので、紙の書籍で買ってやるぜ!という方はそちらからお買い求めいただければと思います。
あとは、ネット書店じゃなくて、大きな書店だとまだ置いてあると思うんですけど……自宅の近くで入っているのを見たことがないので、相当大きなところまで行かないと在庫がない気がします。

とりあえず、まだ在庫が残っているAmazonへのリンク張っておこう……。
どうぞよろしくお願いします。

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第一章 彼の心を掴むのです!(5)

「……クルト、いい加減にしてください。初対面の人をからかうのはよくないですよ」

 ふっとシアラの意識を現実に引き戻したのは、レミアスの言葉だった。彼の方へとぎくしゃくと振り返り、シアラはまた目を瞬かせる。

(……どうしよう)

 真っ先に頭に思い浮かんだのは、その言葉だった。

 扉を入った時には、床を見つめていたから目に入らなかった。扉を開いて正面にあるのは、大きな窓。

 その窓の前にあるのはマホガニー製の立派な机。おそらく、前公爵の代から用いられてきたのだろう。年月を経た家具特有のどっしりとした時代を感じさせる雰囲気だ。

 その机の向こう側からこちらを見つめているのが、ポラルーン公爵であるレミアス・バジーリウスだった。

 齢二十にして、国境の重要な地を任されている彼は、実年齢よりははるかに落ち着いた雰囲気だった。

 まっすぐな黒い髪は長めに整えられている。眼鏡をかけた怜悧そうな目元に形のよい鼻。

 少し薄めの唇は、口角が少し上がっていて冷たく見えそうな彼の容姿にほんのりとした温かさを添えていた。彼の周囲だけ光り輝いているみたいに見えて、シアラは目を見開いたままその場に固まってしまった。

「部下が失礼をしました。シアラ・リーフェンシュタール嬢、でしたね。わが城にようこそ」

 微笑んだ彼が、椅子を押しやり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 この場から逃げ出したくなって、それでも彼の顔を見ていたくて。

(ああ、嘘、どうしよう……!)

 背は高い――天井に届きそうなクルトよりは低いが、それでも男性の平均身長よりは高い。身のこなしには隙がなく、少し細身の体格だが歩く姿勢は背筋がまっすぐでとても綺麗だ。

 茶の上質な布地で仕立てられた上着の袖口には、金糸で刺繍が施されている。

 耳の奥の方で、自分の心臓の音がやかましく鳴り響いているのをシアラは自覚した。瞬きさえ忘れ、じっと彼を見つめてしまう。

 一歩一歩、こちらに進んできた彼がシアラの前で立ち止まった。自分より背の高い彼を見上げる形になって、せわしない呼吸を繰り返す。きちんと挨拶をしなければ。これから三か月の間に彼の心を射止めねばならないのだから、最初の印象はよくしておかなければ。

 ――それなのに。

「シアラ嬢?」

 レミアスが軽く首をかしげてシアラの名を呼んだ。

 だめだ。言葉が出てこない。再会に胸がいっぱいで――どうしたらいいのか、わからなくなる。

「この城で、どれだけのことが学べるかはわかりませんが、どうぞ滞在中、ゆっくりと過ごしてくださいね」

 耳を打つレミアスの声。彼の声に、夢を見ているような気分に陥った。

 まるで、この世界にはシアラとレミアスしかいないようなそんな気さえしてくる。

 何か、何か口にしなくては。この顔合わせが終わったら、もうこんなに間近で話す機会はないだろう。

 あまりにも頭の中が真っ白で、何度も繰り返し考えてきたはずの挨拶の言葉も完全に消し飛んでいた。

「あ、あの……レミアス様……わ、私を、お嫁さんにしてくださいっ!」

 かわりに出てきたのはとんでもない言葉。

 しんと静まり返る室内。

 自分の発言に気がついたシアラの顔から、一気に血の気が引いた。なんてことを口走ったのだろう。

「あ、あの……今のは、今の発言は……忘れてくださいぃぃぃ!」

 悲鳴じみた声で叫ぶなり、シアラは身をひるがえす。

(やだやだ……私ってば、何を――!)

 まだ城に到着したばかり。どこに何があるのかもさっぱり把握していない。自分がどこに向かっているのかもわからないまま、先ほどエグモントに連れられて通った長い廊下を走り抜け、玄関ホールから庭へと飛び出した。

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