迷宮金魚

プロフィール

宇佐川ゆかり

Author:宇佐川ゆかり
TL・乙女系小説作家です。ご連絡は、メールフォームからお願いします。感想をお寄せいただけたら嬉しいです。

お気に入り更新情報

アクセス元リンク

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

侍女の困惑 王子の寵愛(11)

 ヴィオレッタと共にアントリム王国に入ってから三日の後――。盛大に華やかに結婚式が執り行われた。
 
 二人の王子が、同時に妃を迎えるというめでたい事態に、アントリム国民達は多いに盛り上がっている。

「ヴィオレッタ様、今日もとてもお綺麗ですね」
「あら、あなたも素敵――でも、今日からはお義姉様って呼んでもらった方がいいのかしら」

 二人のドレスはそれぞれ共通点を持ちながらも、細部で少々違いがある。どちらのドレスも袖はパフスリーブでふわりと膨らましている。
 
 スカートにはクリスタルビーズと真珠で細やかな刺繍が施されていた。
  
 ヴィオレッタのドレスにあしらわれたのは薔薇の刺繍、ルチアのドレスには百合の刺繍、蔓草を巧みに花と絡み合わせたそれは、職人達が精魂込めて作り上げたものだ。

「……お、お義姉様ですか」
「あら、そうでしょう?」
「それはそうですけれど」

 ヴィオレッタとは長い間親しくしてきたが、二人の間には主従の関係が常にあった。その壁をすぐに壊すというのはとても難しい。
 
 ヴィオレッタがいくらそれを望んだとしても。
 
「――遅いわね、二人とも」

 扉の方に目をやって、ヴィオレッタが息をつく。
 
 来妖怪での結婚式はさきほど終えた。これから貴族達を招いた宴に向かうところだというのに,二人ともこの部屋で待たされたままだ。
 
 結婚式から戻ってくる間に乱れた髪や服を整えてくれた侍女達が、ヴィオレッタが機嫌を悪くしたのではないかとそわそわし始めている。
 
「大丈夫よ、機嫌が悪くなったわけではないから」

 侍女達の不安を感じ取ったらしいヴィオレッタはくすりと笑うと、手を振って彼女達を座るようにうながした。
 
「待たせたな、ヴィオレッタ」
「ええ、本当に」

 入ってきたエドウィンは、軽々とヴィオレッタを抱き上げた。はしゃいだ声を上げたヴィオレッタは、彼の首に手を回す。

「見てられないな、そうは思わないか」
「仲がよろしいということではないでしょうか」

 エドウィンと一緒に入ってきたクリストハルトは、兄夫婦の様子を見て、微笑ましそうに笑うとルチアに手を差し伸べた。
 
「俺も、あのくらいした方がいいか?」
「いえ、そこまでしなくても――」
「いや、やっぱりやめておこう」
「――あっ」

 その言葉と同時に、クリストハルトはルチアの膝の裏に手を差し入れたかと思うと、あっという間に抱え上げてしまった。
 
(ヴィオレッタ様が、声を上げたのもわかる気がするわ……)

 上げかけた悲鳴を、ルチアは唇を強く結ぶことでこらえた。
 
 彼に抱き上げられてふわふわとする。自分から彼の首に腕を回した。
 
(――これから、彼と一緒に歩いて行くんだもの)

 首筋に顔を埋めると、緊張が解けていくような気がする。ルチアの耳元で笑い声を上げた彼は、ルチアを床の上に下ろした。

 今日の王子兄弟は、金糸で刺繍を施した真っ白の盛装に身を包んでいる。彼らの黒い髪を、白が引き立てていて、今日はいつもより精悍な雰囲気だ。
 
「兄上、ヴィオレッタ、そろそろ時間だろう?」
「ああ、そうだな」

 クリストハルトの呼びかけに応じて、エドウィンがヴィオレッタを床の上に下ろす。しかたがないわね、というようにヴィオレッタは笑っていたけれど、ルチアの方に意味ありげなまなざしを向けたのをルチアは見逃さなかった。
 
 ◇ ◇ ◇
 
 王宮の庭に集まった国民の祝福を受け、さらには貴族達との宴が続く。ルチアが部屋に引き上げた時には、日付も変わってしまっていた。
 
 侍女達の手を借りて入浴をすませ、透けるような薄い寝間着に身を包む。今夜、何が待ち受けているのかわかるから、そうする間も気持ちは落ち着かなかった。
 
 二組の新婚夫婦が寝室に引き上げた後も、宴はまだ続いているようだ。窓を閉じていても、歌い騒ぐ声がここまで聞こえてくる。

(クリストハルト様は、どうしてこんなに遅いのかしら)

 今夜からルチアとクリストハルトの寝室になると言われた部屋に入っても、まだクリストハルトは来なかった。

 どうしたらいいのかわからず、むやみやたらに部屋の中を歩き回る。そうしていたら、ようやく扉が開かれた。

「――ルチア、待たせた」

 ゆるりと入ってきたクリストハルトが、ルチアに微笑みかける。かと思ったら、勢いよく近づいてきた彼はぎゅううっとルチアを抱きしめた。

 身体に回された腕の力はとても強くて、頭がくらくらする。ルチアの方からも手をまわし返したら、頭の上から小さな声が聞こえてきた。

「何か、おっしゃいました?」
「ん? たいしたことではない」

 たいしたことではない、と言われると余計に気になる。ルチアはぎゅっと抱き着いたまま、彼の顔を見上げた。

「たいしたことではない、と言われたら気になるではありませんか」
「長かったな、と思っただけだ。ルチアと結婚しようと決めてから今日までずいぶんかかってしまった」

 思っていたのとは全然違う言葉が出てきたから、ルチアは何も言えなくなる。ただ、口を開いたり閉じたりしていたら、クリストハルトは上向けたままのルチアの顎を片手で押さえた。

ここまで来たら、次に何がくるのかはもうわかっている。与えられたキスの甘さと熱に、心までとけるような気がした。

にほんブログ村 小説ブログ ロマンス小説へ にほんブログ村 大人の生活ブログ 恋愛小説(愛欲)へ

えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!試し読み(13)

 こうして、ヴィアナの新しい生活は多少の波乱を含みながらも始まった。

 王城での勤めが始まって二週間。ブライアスとの間にあるぎこちなさも少しずつとれてきた。

 仕事そのものはさほど難しいことはなく、家庭教師との勉強は一週間が過ぎたところで始められた。

 仕事には問題はない。仕事はいいのだが――一番の問題はブライアスだった。

「……ブライアス様、横にならないんですか……」

 眠れなくてヴィアナを呼びつけたのだからちゃんと横になって朗読を聞いていればよさそうなのに、ベッドに枕を抱えて座っているのだから、眠る気皆無だとしか思えない。

「私の仕事は、ブライアス様の寝かし付けだと思ってたんですけど……?」
「今日はこうやって聞きたい気分なんだ。眠気がきたら、横になる」

 用心深くブライアスとの距離をあけてしまっても、しかたのないところだと思う。
 だって、ブライアスは全然信用できないのだ――というのも、ひどい言いぐさだとは思うけれど、隙あらばくっつこうとしてくるのだからしかたない。

 指を搦めて手を握ったり、頬にキスしてきたり。その度に心臓が跳ね上がる。

「……ヴィアナ、始めてくれ」
「これは、ものすごく眠くなりそうですね」

 毎回ブライアスの指定する読み物は違うけれど、今日はなんと全国各地の農作物の収穫量についての記録だ。数字の羅列を読み上げていると、ヴィアナの方が眠くなってきてしまう。

「次、エルンディア地方、小麦が……三百ダリルが平均、二百を割り込んだ時は王城から……支援……」

 こくり、とヴィアナの首が揺れた。いけない、と慌てて体勢を立て直す。

「申し訳ありません、もう一度エルンディア地方から読み直しますね」

 ブライアスを寝かしつけに来ているのに、自分が寝かしつけられているのでは意味がない。

「前もあったな」
「何が、ですか」

 気を取り直して、もう一度報告書を取り上げたヴィアナは、目の前にブライアスがいるのに気が付いて激しく動揺した。

「昼寝をさせるんだーってちっちゃい子達を並べてさ、建国物語を読んでいるのに、お前のが先にうとうとし始めて」
「それは、子供の頃の話でしょう」
「今も寝かけてた」
「そ、それは」

 それを言われてしまうと分が悪いから、むぅっとヴィアナの口角が下がる。

(……昔みたいにしろって言われても無理よ)

 何も知らない頃なら普通にできた行為だって、今やったら不敬罪に問われたって文句は言えない。

 昔は、ブライアスの頭をひっぱたいて寝かせていたけれど、今そんなことをしたら――考えるだけで恐ろしくなる。

「……お前は、変わったな」
「大人になりました」

 ヴィアナはぷいと顔をそむけた。

 悔しいことに、ブライアスの方はあまり変わったようには思えないのだ。

 昔のような気安さでヴィアナに接しようとしてくる。それが、どれだけヴィアナをどきどきさせるのかを考えていないみたいに。

「誰が大人だ?」
「……大人です! 縁談だって、出るくらいなんだから」

 たしかに縁談は何度も出てきたけれど、その度になぜか壊れてしまっていた。

 その理由を考えることさえ、ここに来てからは放置していたけれど――きっと、ヴィアナに魅力が足りないのがいけないのだろう。

 小さな領地しか持っていない領主の娘。持参金があるとか美しいとかあれば別だけれど、どちらも持ち合わせてはいない。

 こうなったら、王宮で一生懸命働いて、使用人の最上位にまで上り詰めてやる――なんていうのは、ちょっと張り切りすぎだろうか。

「では、違う本にしましょうか。私が寝ないですむように」

 ちくりと胸を過ぎった痛みからは目をそらすようにして、ヴィアナは微笑みかける。

(ここには仕事をするために来ているんだから……)

 けれど、ヴィアナのそんな気持ちにはかまうことなく、ブライアスは手を伸ばしてきた。そして、本をサイドテーブルの上に置こうとしたヴィアナの腕を捕らえる。

「……眠れなくなりますよ」

 ブライアスが、そうやって手を伸ばしてくるのにももう慣れたけれど……そうされる度にあの頃とは違うのだと思わされてしまって胸が痛い。

「あのっ……ブライアス様……」

 腕を捕らえただけではなく、枕を放り出したブライアスはヴィアナの方へと上半身を傾ける。

 ぐっと腕を引かれたら、彼の方へと倒れ込んでいた。懐かしい香りが鼻をかすめて、胸がずきりとする。

「縁談が……あるのか?」

 低い声で問いかけられて、ヴィアナはおののいた。その底に怒りがこもっているように思えて。

「ある、と言うか……あった、と言うか」

 自分でも認めたくなかった。もう会えないと書かれた手紙を受け取った時の惨めな気分を思い出して、唇が震える。

「でも、もういいんです。私はずっとお城で働きますから」
「……ヴィアナ」

 手を掴む手に力が加わる。

(……なんだか、まずい……雰囲気……?)

 頭の隅でそう警鐘が鳴ったけれど、その警鐘はあまりにも遅かった。

 顎に手がかかって、彼の方へと顔を上向けられる。ぱちぱちと二度瞬きをしたけれど――次の瞬間、ヴィアナはぎゅっと目を閉じた。

 彼の唇が、ヴィアナの唇を覆っている。これは……キス、だ。それも生まれて初めての。

「……んっ」

 思わず漏らした吐息は、自分自身が驚いたほどに甘かった。

 彼の唇が触れている感覚が気持ちよくて、そのまま、彼の胸に身体を預けてしまう――けれど、次の瞬間、ヴィアナは思いきり彼を突き飛ばしていた。

「な、何を……!」

 今、キスされたばかりの唇を、思いきり手で拭う。

(こんなはずじゃなかった……)

 目にじわりと涙が浮かんで、ブライアスをにらみつけていた。

「ひどい! 私、初めてだったのに――!」

 床の上に転がるようにして下りて、そのままばたばたとドアの方に向かう。

「ヴィアナ!」

 ブライアスが呼び止めるのも、聞こえなかったふりをした。

(……初めて、だったのに)

 扉を閉めて気が緩んだのか、次から次へと涙が溢れてくる。

 きっと、彼にとってはほんの戯れ。

 幼かった頃のひとときを一緒に過ごした相手が目の前にいたから。手の届くところに座っていたから。それだけだとわかっているのに。

こちらは2017年2月1日発売【えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!(ジュエル文庫)】の試し読みです。編集部の許可をいただいておりますが、途中までの公開となることをご了承ください。また、最終校正版ではないため、実際の書籍と多少異なるところもございます。
にほんブログ村 小説ブログ ロマンス小説へ にほんブログ村 大人の生活ブログ 恋愛小説(愛欲)へ

えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!試し読み(12)

(……ちょっと、話しかけにくいな)

 ヴィアナと同じ年齢の少女達も何人か見かけたけれど、もう完全にグループができあがっている。

 しかたなく隅っこの席に一人で座って食べたけれど、王宮の料理はとてもおいしかった。

 パンに野菜のスープ、それにメインの魚のフライ。茹でた付け合わせの野菜は、王宮の菜園で取れたものなのだそうだ。

 急いで食事を終えて席を立つ。

(さっき聞いたら、そろそろ戻ってくるって言ったっけ。今日は枕元の本でいいんだろうけど、明日はどうしたらいいのか、忘れずに確認しなくちゃ)

 部屋に戻って、次はどうすべきなのかと考える。ブライアスが戻ってくる前に、寝室に行かなければ。でも、入りにくくて扉の前でもじもじしていたら、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。

「……あ」

 壁のベルがりんりんと鳴っている。ブライアスに呼び出されることになってしまって、慌てて扉を開いた。

「……あの」

 部屋の入口のところに立ったまま、そこから中に入ることができない。

(そうよね、それはよく考えたらそうなんだけど)

 だって、ヴィアナの仕事は、彼が眠りにつくまで側にいることだ。

 まさか服を着たまま寝るとは思っていなかったけれど、風呂上がりのブライアスはなぜか上半身裸のままだった。下半身にはきちんと寝間着のズボンを身に着けているけれど、ヴィアナには刺激が強すぎる。

「あのっ……あのっ……」

 まだ濡れていて、ぺたりとはりついた髪が、彼を今までとは違う雰囲気に見せている。それはまだいい――けれど、そこから先がいけない。

 上半身は何も着ていないから、よく鍛えられた腕だの、首の筋肉だの、服の上から思ってよりずっと厚い胸板だの――目のやり場に困る。

(見てはいけないのもわかってるんだけど……)

 ちらっと彼を見上げて、また視線を落とす。これから先、どうしたらいいんだろう。

 扉のところでもじもじしていたら、なんと彼の方からこちらに近寄ってきた。

「なっ、なっ――」

 心臓に悪い、心臓に悪すぎる――。

 耳まで一気に熱くなって、自分が自分でなくなったような気がする。

(こ、これじゃ仕事にならないじゃないの……)

 ぎゅっと目を閉じていたら、両耳の脇に彼が手をついて、腕の中に閉じ込められた気配がした。扉を背にしたまま逃げ場を失ってしまって、もっと強く目を閉じる。

「何をそんなに硬くなってるんだ?」

 わざと耳の近くに、ブライアスが唇を寄せる。

 ――ズルイ。

 そう言いたかったけれど、言葉にはならなかった。

 十年前、急にいなくなってしまった少年と再会した。たんなる貴族のおぼっちゃんだと思っていたら、もうすぐ王様になる人だと聞かされた。

 それだけでも、ヴィアナの方は精一杯。既に始まっている新しい仕事のことで頭はいっぱいなのに、彼はこうやってヴィアナを翻弄しようとする。

「……ね、寝る時間……ですよね?」

 首を振れば、耳にふっと息をふきかけられる。悲鳴を上げそうになったけれど、ぎりぎりのところで呑み込むことに成功した。

「テーブルの一番上に積んである本。適当な場所からでいい。俺が眠ったら、ランプは消して、そのまま出てってくれ」
「……はい、ブライアス様」
「昔みたいに呼べと言っただろ?」

 低い艶めいた声が耳元でささやく。できません、と返そうとしたら今度は頬にキスされた。

「ひゃあっ!」

 今度は我慢できずに変な声を上げてしまって、ついでに目を見開いてしまう。正面に彼の胸があって、慌てて目を閉じた。

(……こんなことくらいでいちいち動揺している場合じゃないのに……)

 そうは言っても、心臓がどきどきするのだからしかたない。

 ヴィアナがかちかちに固まって離れるのを待っているとようやく気が付いたらしく、ブライアスが離れていく気配がする。

 歩きながら、寝間着の上を羽織っているばさばさという音も聞こえてきた。

 目を閉じたまま、ヴィアナは心臓に手を当てた。そこは恐ろしいくらいにどきどきしていて、今でもヴィアナが動揺していることを告げてくる。

「……いつまで目を閉じているんだ。さっさと始めてくれ」

 今度は彼の声が、部屋の中央から聞こえてくる。

(いつまでって……からかったのはそっちなのに……)

 きっと、昔なら思った通りのことを口にしていた。でも、今は言うことができない。

 彼との間にある身分差が、恐ろしいほど大きなものであることを、大人になった今はちゃんと理解することができるから。

 そろそろと薄目を開けると、ベッドの中央が膨らんでいる。どうやら本当に横になってからヴィアナを呼んだようだ。

 また、何か仕掛けてくるのではないかとヴィアナはおそるおそるベッドの方に近づいた。

「一番上の本だ。わかるだろ」
「はい、……ブライアス様」

 ベッドの側には椅子が一脚用意されている。テーブルの上に積まれている本の中から一番上の本を手にとって、ヴィアナはその椅子に腰を下ろした。

 羽毛布団の中からにょっきりと手が突き出てきて、ヴィアナの手を握る。指を搦めて握るのは、幼い頃から変わらなかった。胸が甘く疼いて思わず口にしていた。

「……懐かしい、ですね」
「俺は懐かしくない。ヴィアナが他人行儀だからつまらない」
「他人行儀じゃないですよ……前とは違う、から」

 これが隣の家に住んでいたただの男の子との十年ぶりの再会なら、きっともっと違った感慨を持てたのだろうと思う。

 けれど、ブライアスはそうではなかった。再会した彼はあまりにも雲の上の人で。ヴィアナがうかつな行動を取れば、彼に迷惑をかけることになってしまう。

(……どうして、こんなにちくちくするのかしら)

 ヴィアナの手を離した彼は、その手を上掛けの上に投げ出したまま読み始めるようにヴィアナを促す。ヴィアナは、ゆっくりと読み始めた。

 ブライアスが枕元に積んでいたのは、子供の頃、弟妹によく読み聞かせをしていた物語だった。この国が建国された当時の物語――とされている。

 当時、この国を建てた王に妖精は永遠の愛を得ることができる冠を与えた。

 王は王妃の頭にその冠を載せた。こうして、この国はいつまでも平和な時を刻むことができるようになったのだ、と。

 そんなのただのおとぎ話であることくらい知っている。けれど、ヴィアナの弟妹は建国物語の絵本が大好きで、毎日何回も読み聞かせをするようねだってきた。

 ヴィアナが読み聞かせをしているところに割り込んできたのがブライアスで――。

(……あの頃は、なんて楽しかったのかしら)

 もう、何回も読んだ本だから、内容は完全に頭に入っている。ヴィアナはゆっくりと読み始めた。

 物語が始まってすぐ、ブライアスの方からすぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてくる。

 ランプの明かりの中、少しだけ彼の顔が疲れているように見えた。

(……もし、私が読み聞かせをするくらいでちゃんと寝られるなら……それでいいんだけど)

 上掛けの上に放り出されたままのブライアスの手を、そっと中に入れてやる。少しでも役に立てたらいい――。

(だって、私はここに働きに来たんだから)

 バートにもよくやっていると、認められるくらいに頑張ろう。音を立てないように、そっとその部屋を後にした。

こちらは2017年2月1日発売【えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!(ジュエル文庫)】の試し読みです。編集部の許可をいただいておりますが、途中までの公開となることをご了承ください。また、最終校正版ではないため、実際の書籍と多少異なるところもございます。
にほんブログ村 小説ブログ ロマンス小説へ にほんブログ村 大人の生活ブログ 恋愛小説(愛欲)へ

えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!試し読み(11)

「今日、到着したばかりで悪いけど、今から仕事にかかってもらうよ。まずは、殿下の寝室の掃除――今日の分は終わっているから、やり方だけ覚えてもらう」

 ヴィアナの仕事は、ブライアスの寝室を整えることと、寝る前の読み聞かせ――あとは、バートの手が回らない時には、ちょっとした身の回りの世話もするらしい。

 図書室に彼の読みたい本を取りに行くのも、彼が寝室で読むのに持ち出してきた本を返すのも、ヴィアナの仕事になるそうだ。

 目をぱちぱちとさせていたら、バートがつかつかと壁に作りつけられている洋服ダンスに歩み寄った。

「寝室に花を飾るのもいいと思うよ。絵の架け替えは季節ごとだけど、これは僕の方でやるから、細かいことは気にしなくていい。じゃあ、ここに制服が入ってるから、それに着替えたら、そこの扉を開いて隣の寝室に来て」
「か、かしこまりました」

 いよいよこれから仕事が始まる。そう思えば、この贅沢な部屋の中でも身の引き締まる思いだった。

 指示されたとおり、作りつけられた洋服ダンスの扉を開く。そして、もう一回「うそぉ」とつぶやいてしまった。

 タンスの中には、使用人の制服が用意されている。

 でも、そこに置かれていたのはそれだけではなかった。紺色の制服の他に色とりどりのドレスが下げられている。

「なんでこんなものまであるのかしら……っと、急がないと」

 ヴィアナは慌てて、着ていた服を脱いで、制服に着替える。

 制服は白いレースの襟のついた紺色のシンプルなものだ。袖はふわっとふくらんでいて、二の腕のところからはぴったりと腕に沿っている。袖口にも襟と同じレースが飾られていた。

 制服の上に白いレースのエプロン、ヘッドドレスをつけたら身支度終了だ。鏡を見て、ヘッドドレスが曲がっていないことを確認する。

 お城の使用人は、毎日こんなものを着ないといけないのだから大変だな――と、ちょっとだけ城の使用人に同情した。ヴィアナもそこに加わったわけだけど。

「バートさん、お待たせしました」

 急いで着替えたけれど、それでも思っていたより時間がかかってしまった。

 慌てたヴィアナが隣の部屋に入っていくと、バートはにこにこしながら待っていた。

「大丈夫、焦らなくてもいいよ……ええと、まずは寝室の整え方から」

 ブライアスの寝室は、ヴィアナの寝室と同じくらい広かった。ここを毎日掃除するのがヴィアナの仕事だ。

 ブライアスの寝室の方は、白を基調に整えられていたヴィアナの寝室とは違って落ち着いた茶色を基調に調えられていた。

 壁の本棚には、王城の図書室から持ち出してきた本が置かれていて、机の上にも何冊もの本が積み上げられている。

「机の上に置かれているものには、触らないようにね」
「わかりました」

 その他にも仕事をする上で大事な注意をこまごまと受けた。

 王城ではプロの仕事が求められる。自分のベッドを調える時には見なかったことにするシーツの皺もここでは許されない。

 寝室の確認が終わってから、バートに図書室まで連れて行ってもらう。

 このお城は広いから、地図を持っていないとすぐに迷ってしまうことになりそうだ。

 案内された図書室は、今までいた棟とは違って、ちょっと古い雰囲気だった。もともとはこの棟が王族の私的な空間だったのが、新しい棟を建て増ししたので王族の私室は移動になったのだという。

「……図書室はちょっと遠いんですね」
「迷わないように注意してね。幽霊が出るっていう噂もあるし」
「からかわないでください」
「からかってるように見える?」

 真顔でそういうことを言うのは反則だと思う。こちらの棟は急に雰囲気が暗くなるので、夜に本を返しに来るのはごめんこうむりたいところだ。

 一通りの仕事を教わった時には、完全にくたびれ果てていた。そんなヴィアナに向かって、バートは言う。

「もう少し仕事に慣れたら、君に家庭教師をつけるから」
「か、家庭教師……ですか?」

 実家にいる時に、きちんと家庭教師について学んできたから、最低限必要な教養は身に着けていると思う。

 そう反論したら、バートはふぅっとため息をついた。

「もちろん、君に文句があるわけじゃないよ、ヴィアナ。ただ、ここはお城だからね。君のマナーがなってないとブライアス様が悪く言われることになるし、お城にはお城の特殊な決まりがいろいろあるから」
「あ……ご、ごめんなさい。そうですよね」

 ヴィアナはうつむいてしまった。

 自分では恥ずかしくないだけの行儀作法を身につけてきたと思っていたけれど、王城で働くにはきっといろいろ足りていないのだろう。

「素直なのが、君のいいところだよ。忙しくなると思うけど、君ならがんばれるよね」
「はい、頑張ります!」

(……ブライアス様の役にたてるんだもの)

 わざわざヴィアナのために家庭教師をつけてくれようというのだ。きちんと勉強しないと罰があたってしまう。

「お城の使用人って大変なんですね……」

 十五歳の時に家庭教師は卒業して、もう勉強しなくてもいいと思っていたヴィアナはちょっぴりげんなりしたけれど、王宮で働く以上みっともない真似はできない。

「……あら?」

 不意に、ヴィアナは気がついた。身分の高い人に会うかもしれないという話だったけれど、国王夫妻にはまだ会っていない。

 いや、ヴィアナ程度の存在を雇ったところでいちいち顔を合わせる必要もないのだろうけれど、今日一日遠くからちらっと見る機会さえなかった。

「あの、王様と王妃様はどちらにいらっしゃるんですか? 今日、お見かけしなかった気がするんですけど」
「ああ……国王夫妻ね」

 ヴィアナに問いかけられたら、なぜだかバートはちょっぴり遠い目になった。それから、そんな顔をしてしまったことを隠すように首をぶんぶんと振る。

「細かいことは、気にしなくていいよ――国王夫妻は、今は休養中なんだ」
「休養中?」
「ああ、ほら……退位を決めて半分引退というか……もちろん、ブライアス様の手に負えないことが出てきたらすぐに対処できるようにはしてるんだけど、遠くから見守っているという感じかな。今はお二人でのんびり過ごしてらっしゃるよ」
「……そうなんですね」

 国王夫妻を遠くからでも見ることができたなら、家族への自慢話になると思ったのに。

 とはいえ、これからずっとお城で働くのだから、いずれどこかで見かける機会くらいはあるだろう。

 使用人達は、お城の一角にある使用人用の食堂で食事をすることになっている。ヴィアナがそこに駆けつけた時には、大半の人が食べ終えて席を立ったあとだった。

 食堂にはいくつものテーブルが並んでいて、皆、思い思いに食事をしている。

こちらは2017年2月1日発売【えっちな王太子殿下に昼も夜も愛されすぎてます お嫁さんは「抱き枕」ではありませんっ!(ジュエル文庫)】の試し読みです。編集部の許可をいただいておりますが、途中までの公開となることをご了承ください。また、最終校正版ではないため、実際の書籍と多少異なるところもございます。
にほんブログ村 小説ブログ ロマンス小説へ にほんブログ村 大人の生活ブログ 恋愛小説(愛欲)へ

侍女の困惑 王子の寵愛(10)

 ――まだ、正式な婚儀は終えていない。それなのにいいのだろうか。
 
 慎みとか、恥じらい、とか。そういった類の言葉が頭の中を駆け巡る。
 
「どうかしたか」

 国境まで迎えに来てくれたエドウィンとクリストハルトは、ヴィオレッタとルチアをそのまま馬車に戻したりしなかった。
 
 なぜかあっという間にもう一台の馬車が用意されて、エドウィンとヴィオレッタ、クリストハルトとルチア――と、別れて乗せられてしまう。
 
(……本当なら、結婚式を終えるまでこういうのってよくない気がするのだけれど)

 少なくとも、ルチアが今まで育ってきた環境ではそうだった。婚約が決まっても、異性とは二人きりにならないこと。
 
 けれど、そんな慣習は国境を越えたとたん無意味になってしまったようだ。
 
「――殿下、あの」

 向かい合って座るのだと思っていたのに、その予想もまた裏切られた。クリストハルトはルチアの左側に落ち着いてしまって、そこから先握った手を離そうとはしない。
 
「いつになったら、名前で呼んでくれるんだろうな」
「そ、それは……ええと」
 
 名前で彼のことを呼ぶなんて、考えたこともなかった。うろうろと視線を泳がせるも、ここは馬車の中。視線の向け先だって限られている。
 
 クリストハルトの両手に包まれた左手が、じんわりと熱くなってくる。左手だけではなく、頬も、耳も熱い。
 
 赤面したのを誤魔化すようにしきりに瞬きを繰り返し、舌で唇をしめらせるけれど、ルチアの動揺なんて、きっと彼は見透かしてしまっている。
 
「……あっ」

 クリストハルトの手に包まれている左手。その手のひらの中央を親指が円を描くようになぞっている。ただ、それだけなのに、左手が痺れたみたいになった。
 
 自分の口から零れた声が信じられなくて、慌てて唇を結ぶ。その勢いで手を引っ込めようとしたけれど、強く握られた手を引き抜くことはできなかった。
 
「――俺の名前は?」
「で、殿下――んぁっ」

 爪の先で、手のひらの中央をひっかくようにされた。とたん、背筋を奇妙な感覚が走り抜ける。今まで覚えのない感覚に、今まで以上に体温が上昇したような気がした。
 
「や、だめ――」

 手を引き抜こうとする力は弱々しくて、とうてい逃れることなんてできない。わかっているのに、反射的に手を引こうとする動きは変わらない。

「名前で呼んだら、離してやる」
「……それは」

 なんで彼はそんなことにこだわるんだろう。知り合ってからずっと「殿下」としか呼んでいなかったのに、今さらそんなことを言われても困ってしまう。
 
 ためらっていた時間は、どちらが長かったのだろう。このままでいいのではないかと思う気持ちと、名前で呼んで欲しいという彼の願いに応えたいという気持ちと。
 
 今、馬車の中にいるのは二人だけ――それなら呼んでしまってもいいだろうか

 ためらい、とまどい、意味もなく手を開いたり閉じたりしてみる。その間、クリストハルトは何も言わずにじっとルチアを見ていた。
 
 そうやって、じっと見つめられるのもまたルチアをいたたまれない気持ちにさせる。

「ク――クリストハルト、様」
 
 長い長い沈黙の後、ようやく一度だけ彼の名を口にする。それだけなのに、手はがたがた震えるし、頭はくらくらするしで、自分でもどうしてしまったのかわからない。

 これで、手を離してもらえると思っていたのに。

「う、う……嘘をつきましたね……!」

 たしかに手は離してくれた。その意味では彼は約束を守ったのかもしれないけれど。
 
 今度は両腕が身体に回されて、その中に囲い込まれてしまったのだから、これでは先ほどまでよりずっと強く密着しているではないか。
 
 だまされたと思う反面、こうやってぴたりと密着している状態を嬉しいとも思ってしまう。
 
 でも、絶対に耳まで赤くなっているし、心臓ははち切れそうになっているし――クリストハルトはずるい。
 
 彼の胸に手を突っぱねて逃げだそうとしたら、右手がちょうど心臓の位置に触れる。
 
(……どきどき……してる……)

 ルチアの心臓と同じぐらいどきどきしているクリストハルトの鼓動。ひょっとしたら、ルチアよりずっと彼の方がどきどきしているのかもしれない。
 
「クリストハルト様……?」

 腕の中に抱え込まれた体勢のまま、彼の顔を見上げてみる。ルチアのいる位置からは、彼の表情は見えるわけではないけれど――それでも。
 
(耳が、赤くなってる)

 クリストハルトは、ルチアよりずっと余裕だと思ってたのに。それでも、彼もまたルチアみたいに赤くなるのだと思ったら、少しだけ安心する。
 
 自分だけが、緊張しているわけではないと知ることができたから。
 
「ルチアに名前で呼ばれると――何か、こう……くるものがあるな」

 わしゃわしゃとルチアの頭をかき回しながら、彼はそんなことを言う。
 
 今までそんな風にされたことなどなかったから、クリストハルトの豹変ぶりに驚かされた。ただ目をぱちぱちとさせていたら、照れくさそうに彼は笑う。

「どうしたらいいのかわからないんだ。どうしたら、ルチアに気持ちを伝えることができるのか」
「……もう、十分いただいてます」
「そうか――まあ、いいんだ。わかってくれているなら」
 
 どうして、彼がルチアを選んでくれたのか――正直なところ、まだ頭では納得していない。でも、大切なのは考えることじゃなくて感じること。
 
 彼の気持ちをルチアはちゃんとわかっているし、ルチアの気持ちも彼に通じている。それだけで十分ではないかと思う。
 
「これからも、よろしくお願いします」

 彼の手に自分の手を重ねたら、そこから温かいものが流れてくるような気がした。
にほんブログ村 小説ブログ ロマンス小説へ にほんブログ村 大人の生活ブログ 恋愛小説(愛欲)へ
BACK|全36頁|NEXT